舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: つぶやき

紙幣刷新のニュースが突如報じられました。なんか急なことで驚きましたね。
もう皆さんもご存知だと思いますが、こんなデザインで進んでいるそうです。
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数字が入っているところが新鮮というか、海外(東南アジア)の紙幣のような感じがします。

でもなぜ紙幣デザインを変える必要があるのか、疑問がわきますよね。

どうやらその理由は偽造防止、いわゆる偽札作りをたくらむ犯罪者に対する防御策なんですね。
およそ20年周期で行われていて、前回の改正は2004年、その前は1984年に行われているそうです。

偽造に対するセキュリティの高さは世界でもトップクラスを誇ると言います。透かしやホログラムといった簡単にはまねできない高い技術が施されています。

しかし、ここへきて急速にキャッシュレスの波が押し寄せています。政府もキャッシュレス化に向けて動いています。新紙幣に変わるとそれにかかる費用が500億円を超えるという試算も出ていました。税金の無駄使いじゃないのか、という声も聞こえてきます。そこは疑問が残るところです。

お隣の中国の話ですが、有名な「アリペイ」など日本に比べてはるかに早くキャッシュレス化が浸透しています。前にテレビのニュースで見ましたが、普通の街の八百屋さんでも使えるくらい広がっています。なぜ、中国でキャッシュレス化が進んだのかというと、偽造紙幣が横行しているからだそうです。
現金を使う人も、お店側も常に本物かどうかを見極める必要が背景にあったと言います。
日本は紙幣の偽造を防ぐためにしっかりとお金をかけているから、偽札が出回りにくいです。ですから国民は安心して現金を使うことができます。それが、キャッシュレス化を遅らせているのだと思います。皮肉な結果ですね。

日本の政府は、キャッシュレス化を進めたいのであれば、そこに税金を使った方がいいように思います。紙幣の偽造をより防ぐためという目的も、もう今の世の中では、時代に逆行している感じがします。現在の紙幣でも世界的に見れば十分高いセキュリティを維持しています。
少し見方を変えてみますと、紙幣が変わるとATM機やジュースの自販機などを変更することになります。一瞬かもしれませんが、その業界には特需が起こることになり、その狙いがあるのかもしれません。
今、世界はものすごい勢いでキャッシュレス化に移行しています。
コンビニなども無人化など真剣に検討されていると言います。
その波に遅れないように考えていただきたいと思いますが。

紙幣が変わるのは、5年後の2024年の予定らしいですが、その頃には、キャッシュレスがどの程度浸透しているんでしょうね。アメリカの紙幣なんて昔からデザイン変わってないような気がしますが・・。


3月30日の「ショーケン、天国へ」がちょうど1000タイトル目のブログでした。

1000タイトルは節目なので、このネタで何か書こうと以前から考えていましたが、うっかり普通に通り過ぎてしまいました。

で、その後気が付き今改めて書いています。
写真にありますように、ブログを始めた日が2015年12月12日となっていますが、「気ままなブログ」の第1回目のタイトルは12月28日の「クリスマスプレゼント?」から始まりました。以来3年4カ月1205日目で到達しました。

速いのか遅いのかよくわかりませんが、まあよく続いていると思います。

平均すると毎日30数人の方が訪問して下さってます。「いつも読ませてもらってます」という声を聞くこともありますが、その言葉が一番励みになりますね。

書いている方はどなたが読んでいるのかわかりません。でも、そうやってお会いした際に生の声を聞くことで少し安堵します。

時々コメント欄に書き込みをしていただけます。わざわざ寄せていただけるのは有難いことです。

全く面識のない方が、コメント書いてくださることもあり、ネット上のみの友人もできました。ブログを書いてなかったら知り合いになることもないですから、まさにSNSの力ですね。

同じ年代で共通の趣味があると、話題に花が咲きます。時代を共有してきた者同士だけあって、懐かしい話題はとても楽しくキャッチボールできます。知らなかったことを教えていただきためになることもあります。クラプトンの映画の情報はまさに友人のブログのコメントから知り、きわどいタイミングで観覧することができました。

今後もいつまで続けられるか、わかりませんが、ひとまず継続していきます。このペースで行くと2022年の8月頃に2000タイトルに到達できるかもしれません。

いつも訪問して下さっている方々には本当に感謝いたします。
こんなつたないブログですが、今後ともよろしくお願いいたします。

1年前まで名古屋で暮らし、しょっちゅう会っていたT君が久しぶりに名古屋に来るというので、お会いしました。
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これは去年の2月にお別れ会をした時の写真です。その時以来の再会です。
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ちっとも変わってないですね。強いて言えば、ヒゲがなくなりビジネスマンらしくなったことくらいでしょうか。もう1人のちょっとぽっちゃりしたK君は、話によると激ヤセしているとか、2人とも見ていないので、会って見てみたいね、と意気投合しました。
 

僕が一番気になっているのは仕事のことです。

人材派遣関係の仕事のようで、それもどちらかというと海外の人を企業に斡旋したりするそうです。もともと彼は中国語が堪能で、転職の際はそのスキルを生かせる仕事を探すようにアドバイスしていましたのでいい線いってます。ただしまだ中国語を発揮できる場面は無いようです。

仕事関係で知り合ったある外国人の話題になりました。スリランカ人の女性ですが、ちょっと動画をみてください、と言うので見てみると。自己紹介をしている動画でした。とても流暢な日本語を話しているのには驚きました。つなぎの「あの」とか「で」とかとても自然に話しています。下手な日本人よりもしっかりと話していると思いました。日本に留学して学んだようですが、英語に比べてかなり難しいと言われる日本語をあれだけ綺麗に話すことができるというのはかなり能力が高いですね。

また、IT関係のエンジニアなどを扱った時には、インド人や台湾人などのスキルの高さに驚いたと言います。そうやってグローバルな人間関係ができていくのはとてもいいことだと思います。 

彼もそろそろ結婚を考えてもいい年齢ですので、その話題に触れると、彼女はいるもののまだまだといった感じでした。経済的な面でも安定したら、落ち着いて結婚したいという願望は持っているようです。

彼は東京勤務ですが、勤める会社の本社は名古屋にあります。現在は、中区栄なのですが、近々移転するという話しで、それが北区の黒川あたりだというんです。そこで住所を聞くと水草町、「えっ?」調べてみると、僕が勤める会社の目と鼻の先でした。2人してビックリです。こんなことってあるんですかね。どこまで縁が深いのか。

今回は仕事で名古屋に来たのですが、少し時間に余裕があり、前職の仲間たちに何人か会うことができて良かったみたいです。

次いつ会えるのかわかりませんが、お互いその日まで頑張ろうと言ってお別れしました。

誕生日のプレゼントまでいただいてありがとうございました。
ゴルフクラブのネクタイピン、大切に使わせてもらいます。
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それからお土産でいただいたくず餅も美味しくいただきましたよ。 
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東日本が大きな地震と津波に襲われたあの日から、今日で8年目を迎えました。

8年前のあの日、事務所の中で仕事をしていました。するとグラグラと大きな揺れを感じ、地震だということがわかりました。今まで体験した地震に比べて長かったように思いました。誰かが東北地方が未曽有の震災にあっていると情報を伝えてくれました。

横浜の街中で、ビルの上からコンクリート片が落下するところを、人々が逃げまどっている光景が印象に残っています。それはこの時、娘が横浜で暮らしていたからです。

安否確認が取れたのは夜になってからだと記憶してます。自宅に帰るのも交通機関が麻痺していて大変だったようでした。東京でも、歩いて帰る人の行列があちこちで出ている光景が報道されていました。

しかし、本当の恐怖は地震のあとの津波でした。津波に街がどんどん飲み込まれていく映像は、現実に起こっているものかと疑いたくなるものでした。不謹慎かもしれませんが、まるで映画のようでした。

名古屋の街は普段通りの日常でした。その違和感は何とも言葉では言い表せない気持ちです。


もう8年なのか、まだ8年なのか分かりません。しかし被災した方々の人生が大きく変わったことは間違いありません。家族を失った人もいます、家や土地を失った方もみえるでしょう。
しかし、そんな中でも強くたくましく暮らしておられます。本当に立派だと思います。


2014年2月に宮城に行きました。震災から約3年経ったときです。
記憶に残すためにも、その時撮影した写真を公開します。

JR仙石線の野蒜(のびる)駅です。
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もう線路も撤去されていました。
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この高さまで津波が来たことを示すプレートが付いていました。(写真上部)
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駅の周りの建物もおそらくその日のままで、なにも手が付けられない状況でした。
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現在では、旧駅舎から南へ500mの高台に移動し、運行されているそうです。


石巻の日和山(ひよりやま)神社です。ここは高台にあるため多くの人が避難されていた場所です。
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このアングルは津波が襲ってくる様子を、どなたかが撮影され何度も放送されていたと記憶しています。
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石巻市の門脇小学校です。適切な誘導で多くの生徒や保護者の命が助かりました。
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学校のプールだと思われます。
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鉄製のパイプもこんなに曲げられています。
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何やら「撤去」の文字が書かれていました。
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撤去と言えば、原発の問題は残されたままになっています。国はまだやめる決断ができていないようです。安全だというなら、東京に作ったらいいと思います。もしくは国会を福島に移転してもいい。
そんなことできますか?
その点、ドイツのメルケル首相はこの震災のあとすぐに、原発廃止を宣言しました。素晴らしい決断だと思いました。ドイツにできて日本にできないことはないと思いますが、いかがでしょうか?



まわりの風景は何もありません。見えるのはただの野原だけです。一日で景色を一変させました。
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何年先かわかりませんが、地球全体がこのような景色にならないことを願うばかりです。
なにか未来を暗示をしているようで、そう考えると背中が寒くなります。



今日は、内視鏡検査の日です。昨年11月の人間ドックで、便潜血があり要再検査となりました。
こういう時、引っかかったという言い方をよくしますが、 僕は肯定的に考えます。もちろん再検査などないに越したことはありません。しかし、可能性は少なくても悪い箇所が見つかれば、それこそドックを受けた価値があるのではないでしょうか。

ですので、このような場合は、嫌がらずに再検査を受けます。3年ほど前にも同じパターンで内視鏡検査を受けましたが、結果は問題ありませんでした。今回も多分そうなると思います。 

大腸検査は、腸の中を全てからにしなければできません。当然前日の夜も午後9時以降は絶飲、絶食です。 個室に案内され、ひたすら下剤を飲まなければなりません。
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2リットルを10分間隔でコップ1杯ずつ飲み、チェックシートに記入していきます。
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お腹がグルグル言い出します。
順調に進み、お昼までには、検査受けることができる状態まで腸内洗浄が終わりました。
後は、検査の順番を待つだけとなりました。

当初2時ごろになりそうだと伝えられていました。
しかし、その時刻になっても呼ばれません。30分ほど経過した時に医師の方が、前の検査を受けられている方が、具合が悪く時間がかかっている、そのため時間が遅れるということを 伝えにきました。
その時はまあ仕方ないなあというところで待ち続けましたが、一向に呼ばれません。

流石にだんだん腹が立ってきましたので、チャイムで係りの方を呼び、「どうなってるのか 」「いくら遅れるとはいえ、限度がある」というような旨を伝えました。
すると、しばらくしてまた医師の方が詳細を伝えにきました。
遅れている理由を述べましたが、もうそんなことは聞きたくないと思いました。少しでも早く終わりたいと思うのが普通です。諸事情があると言われても、こちらが待っていることには変わりません。

「あなたたちは人を待たせることが慣れてしまって、平気になっていませんか?」 「もっと待つ身になって考えるべきではないですか?」「こんな状態なら、今日は帰らせてもらいますから」と言うと、「せっかくここまで準備していただいていますから、どうかそれは勘弁してください」と。僕もそう言ったものの本気で出直すつもりはなかったので、そのあたりで一旦矛を収めました。こういった時は自分らの都合を主張するよりも、客側の気持ちになって話をしないと火に油を注ぐ結果になります。人のふり見て我がふり直せ、ですね。

結局、当初の予定時刻から2時間遅れでようやく始まりました。
当然、気分は最悪の状態です。よほどのことがないと腹を立てたりすることがありませんが、この日ばかりは堪忍袋の尾が切れました。

まず最初、肩に注射を1本打ちます。腸の動きを鈍くするためだそうです。そしてカメラを挿入していきます最初のところは少し痛いですが、そのあとはスムーズに入っていきます。下腹あたりがカメラが入って行くのと、空気を入れていくため、圧迫され、鈍痛が伴います。検査が進み、結局ポリープを3箇所切って終わりました。
その切除する模様は横になりながらモニタリングすることができます。
器用に道具を使いカットします。切除した傷口のことが気になり、「勝手に修復するのですか?」と尋ねると「いえ、これからクリップで止めます」見ているとまた、別の器具がその傷口のところまで来て、うまいこと傷口を掴み「パチン」といってまるでホチキスのような要領で止めていきます。思わず「これはすごいですね」と言いました。この頃になると、先ほどまでの悪い気分はどこかへ行っていました。

全て終わり、ベッドから起き上がろうとした時、ちょっとよろけるようになりました。 わずか2、30分ですが、体にはダメージが残るのでしょうか。

着替えて、最後は精算なのですが、ここでまた、トラブル。受付で呼ばれ支払いを済まそうとするとまた少しお待ち下さい、と。やれやれ「また待たせるのか」とため息が出ました。
どうやら今日はついていないようです。 

長い人生において、まあこんな日もありますね。

P.S この日から1週間はアルコール、コーヒー、香辛料などの刺激物は一切禁止だそうです。酒とコーヒーを1週間絶つのはちょっと辛いですが、16日の解禁日を楽しみに過ごそうと思います。

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