舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 映画

映画「ロケットマン」を見てきました。
この映画はイギリスが生んだ偉大なロックミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描いたものです。
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タイトルの「ロケットマン」はシングル曲の「ロケットマン」から取っていると思います。何かしら意味があるのだろうと思いますがもう一つその意図は不明です。
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映画は奇抜な衣装を着たエルトンが何人かの人に自分の人生を語るところから始まります。

いきなりミュージカル仕立てでどうなることかとヒヤヒヤしました。(笑)
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幼少期から音楽の才能を持った レジー少年は親の愛を受けられずに育ちます。そしてピアノに出会い音楽の世界に目覚め、ロックミュージシャンをめざします。

曲は書けるものの、詩を書けずにいたエルトンですがバーニーという作詞家に出会います。この出会いこそが世界的なロックミュージシャン「エルトン・ジョン」の成功の大きな要因となるのです。
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(本物のエルトンとバーニー)

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エルトンとバーニーはよほど気があったのか、二人で曲作りに没頭していきます。バーニーが書いた詩にエルトンが曲をつけるというパターンです。
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ある日の朝、いつものようにピアノに向かって曲を作っていると、素晴らしいメロディが降りてきました。そうですあの名曲「Your Song」が誕生したのです。この曲がだんだんと出来上がり歌い上げるシーンは、自然に涙が溢れていました。ボヘミアン・ラプソディの時もそうですが、音楽には人を感動させる不思議な力があります。そして、1970年に世の中にリリースされ瞬く間に大ヒットします。
その後アメリカに進出し大成功を収め、世界的なスターにのし上がりますが、私生活ではだんだんと苦悩の日々が始まります。酒、ドラッグ、セックスに溺れていきます。彼は同性愛者だったのですがカミングアウトできずに苦しんでいました。

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ビッグアーチスト達は、何故同じように酒や薬の依存症になってしまうのでしょうか。映画を見ていて、クイーンのフレディ・マーキュリーとそっくりだと思いました。あのエリック・クラプトンもそうでした。
以前両方の映画を見て、ブログにあげています。ボヘミアン・ラプソディエリック・クラプトン〜12小節の人生
 
エルトン・ジョンも酒と薬漬けのどん底の状態に陥りました 。そんな時彼の支えになったのは、エルトンの最高の相棒であるバーニーでした。そして更生施設に入り、復帰を目指します。映画はここで終わります。

映画を観た感想は、「観て良かったです」彼の人間関係や自分が親からの愛情を受けずに育った苦悩など、知らなかった事実がわかりました。そして盟友バーニーとの固い絆は心を打たれました。

 それにしても、エルトン・ジョン役のタロン・エガートンは演技だけではなく多くの歌も歌い上げ見事というしかありません。「ボヘミアン・ラプソディ」のフレディ・マーキュリー役のラミ・マレックも良かったですが、それ以上にハマっていました。
映画の最後に今回演じた俳優さんと実際のエルトンとの写真が並べて出てきました、その中で幼少期を演じた子役の顔がほとんど瓜二つだったのは最期のサプライズでした。
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エルトン・ジョン(左)と演じたタロン・エガートンです。

また、ミュージシャンの映画を製作してほしいと思います。
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それでは名曲「Your Song」をエルトンご本人とタロン・エガートンのデュエットでお聞きください。
 

全世界での累計興行収入約529億円を記録した映画「GODZILLA ゴジラ」の続編のポスターが発表されました。
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ストーリーは前作から5年後の世界が設定されているようです。
前作に続き渡辺謙さんが芹沢猪四郎博士役で出演しています。

プロモーション用の映像にはなんとあの懐かしの怪獣たちが登場していました。
モスラ、ラドン、キングギドラです。

僕が小学生の時、怪獣特撮映画が全盛時代でした。東宝はゴジラシリーズで一世を風靡し、世に「怪獣ブーム」を巻き起こしました。その東宝の大成功により、大映はガメラシリーズを作り、日活までもガッパという怪獣映画を作ったほどです。

1964年に封切された「三大怪獣 地球最大の決戦」でゴジラ、モスラ、ラドン、キングギドラの怪獣たちが勢ぞろいしました。これは子供心に胸が躍るような映画でした。
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この映画では、今まで人類の敵だったゴジラが、地球を侵略に来たキングギドラに対しモスラやラドンとともに地球を守る側になっていたのが印象的でした。まあ、今考えればめちゃくちゃな設定ですね。
でもキングギドラは強くてカッコよく、僕ら少年たちをひきつけたことは間違いありません。敵なのに、本当に魅力のある怪獣でした。3つの竜の首を持ち、それぞれから光線を出します、そして翼があり空を飛ぶこともできるので、相当手ごわい相手です。この映画で初めて登場し、その圧倒的な存在感に一気に人気怪獣となりました。以後、たびたびゴジラを苦しめることになります。
その怪獣たちが55年の月日を経て復刻するというのは、昔の映画をリアルタイムで体験している者にとっては大変懐かしくもあり、感動的な出来事だと思います。

当時の少年たちは皆怪獣を含め特撮ものが大好きでした。テレビのウルトラマンシリーズとか絶対に見ていました。

ハリウッド映画でゴジラシリーズを制作されるというのも、感慨深いですね。50年前には到底考えられないことです。裏を返せばそれだけハリウッド映画が衰退しているということのようです。長い間世界の映画の中心で引っ張ってきたハリウッドも凋落の一途をたどっていると聞きます。なかなかヒット作に恵まれず、仕方なくリメイク作品にすがっているという話を聞きました。

映画そのものも昔は娯楽の王様という存在だったのが、現在ではそうでもないという地位になり下がってしまい苦難の時代を迎えています。
そういう意味では、「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットは明るい話題なのでしょう。

話が脱線してしまいました。
ゴジラだけでなく、モスラ、ラドン、キングギドラの復刻が懐かしく、あれから50年経った今、ちょっと見てみたくなりました。

ようやくクィーンのフレディ・マーキュリーの伝記ともいえる映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見ることができました。

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この映画は、公開から時間が経つにつれどんどんと評価がうなぎのぼりとなっています。面白いのは、我々の世代はリアルタイムでクイーンを知っていますが、知らない若い世代のお客さんもたくさん見にきている事です。

ロンドンのパブのようなところで演奏しているバンドに加入するところから始まりますが、天性の音楽才能が徐々に開花していきます。

1年ほど経った時になけなしの金で、アルバムを制作して世にリリースしたところ、それが有名音楽プロデューサーの目に留まります。そしてここからは快進撃が始まるのです。

僕も音楽が好きなので、当然クイーンは聴いてきました。ただロックの正統派ではなくどちらかと異端児という印象が強く、当時はあまり好んで聴くことはありませんでした。

何か受け入れ難い音楽、というイメージで少し色眼鏡で見ていました。
映画の中でもプロデューサーらと次のシングルカットをどうするかという打ち合わせの時、クイーンは「ボヘミアン・ラプソディ」 でいきたいと言います。しかし、この曲の評価が悪く意見が合わずに決裂してしまいます。専門家でさえそうなんですから、素人の僕がそういう判断をするのはまあ当然と言えば当然だったと思います。

恋人との関係性、自分がゲイだとわかりながら女性との関係を続けるのはとても難しい事だったのです。
そして、酒とドラッグに溺れついにバンドの仲間とも決別してしまうのです。

そんなどん底状態の時に一筋の光を与え救ってくれたのが、以前の恋人でした。
そんなおり、ライブエイドというビッグイベントの話が舞い込みます。

ようやく悪い取り巻きと決別し、クイーンのメンバーに頭を下げてもう一度一緒にやりたいと 懇願します。

そして、1985年7月ロンドン郊外のウェンブリースタジアムでライブエイドが始まります。
ライブエイドはボブ・ゲルドフがアフリカの難民救済のために行ったチャリティーコンサートで20世紀最大の規模と言われています。

いよいよ、この場でクイーンが復活しました。

僕はもうこのシーンから最後までずーっと涙が流れ続けました。
この映画を見るにあたり、youtubeで実際のライブエイドの映像を何度か見ていました。 

細かなフレディの動きまで完璧にコピーされていたことに感動しました。
フレディだけでなくバンドのメンバーが本当に実物そっくりでそのあたりもすごいですね。

実は、昔「ボヘミアン・ラプソディ」 は受け入れられない曲でした。しかし今、ピアノのイントロからじわーっと目頭が熱くなり、「ママー」と始まるともう涙が溢れてしまいます。
自分でも不思議ですが、 心を動かされます。この曲がリリースされた1975年から40年以上経過してようやく僕が追いつけたのかもしれません。

フレディ・マーキュリーは音楽の天才だったと思います。

この映画をなんども繰り返し見る方が多いとネット上で話題になっていますが、観るとその訳が理解できます。皆さん感動を味わいたいのだと思います。

音楽ファンならいや音楽ファンならずとも、この映画は必見だと確信しました。
大満足で見終わった後もしばらくは余韻に浸ることができました。

 是非、映画館に足を運んでこの感動を体験されることをお勧めします。

 

エリック・クラプトンと言えば、世界の三大ギタリストと言われる偉大なミュージシャンです。
“ギターの神様 ”と称され、その昔は黒人音楽だったブルースを愛し白人の世界にもブルースを浸透させたとして名声高いまさにスーパースターです。
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しかし、その私生活は欲望と愛情、ドラッグと酒に溺れどん底まで落ちていきました。
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生い立ちの部分から始まりましたが、最初のくだりは正直なところ眠りそうになるのをぐっと我慢していました。しかし、ヤードバーズに加わって音楽活動を始めたあたりからは、しっかりと見ることができました。子供の頃は複雑な家庭環境もあり、社交的ではなかったようです。

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ビートルズのジョージ・ハリスンとは自宅が近いこともあり、夫婦同士で交流をしていました。しかし、そのうちにジョージの妻に恋をしてしまうのです。親友の妻に恋心を抱くなんて、決して許されることではないと苦悩しますが、自分の心を抑え切ることができません。そしてとうとう手紙で告白します。彼女のために歌を作って贈り一生懸命アタックしたものの、願いは叶いませんでした。
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何年かのちにジョージと別れ、ようやくエリックの元にやってきますが、今度はエリックの方が、他の女性に気がいってしまいます。本当に自堕落などうしようもない男です。

ミュージシャンとしては、スーパーバンド「クリーム」を立ち上げ、アメリカにおいても大旋風を起こし、天才ギタリスト「エリック・クラプトン」の名を世界に轟かせました。
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ジミ・ヘンドリックスやB.Bキングらとのセッションで次第に音楽界での交流を広げていました。ビートルズのジョージ・ハリスンとはプライベートでも仲が良く、ビートルズのホワイトアルバムのレコーディングに参加しています。
エリック・クラプトンが参加している「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・プリーズ」は鳥肌が立ちました。

しかし、いい時は続かなかったのです。この頃多くのミュージシャンらは当たり前のようにドラッグを使用していたようです。若くして命を落とした者も少なくありません。
エリックにも、ドラッグ漬けの毎日が訪れます。そして酒に溺れ、酔ったままステージに上がり、客と喧嘩になることもしばしば、30分でステージを降りてしまうこともあったようです。最低のミュージシャンに成り下がっていました。

一時は自殺を考えたものの、そうしなかったのは酒が飲めなくなるからという理由だったと語っていました。もうどうしようもないダメ人間です。そんなエリックに、地獄から立ち直るきっかけができました。愛する息子コナーの誕生でした。
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生まれて初めて家庭的な父親に変わろうとしていた矢先、ビルからの転落によりコナーを失うことになります。これをきっかけにまた酒浸りの生活に戻ってしまうのか、苦悩します。

しかし、そこで愛する息子のために曲を作ろうと考えが変わります。子供の頃、母親に捨てられ、自暴自棄になっていた時に音楽に出会い、ギターを弾くことで立ち直った経験がありました。今度もまた音楽に助けられることになりました。

そしてその後また子供に恵まれ、今は幸福な毎日を過ごしているようです。


僕は映画の中で3回くらい涙が溢れました。最初は愛するジョージの妻を想い作った曲「いとしのレイラ」のレコーディング風景からの曲が始まった時です。
そして、息子の死を乗り越え、「ティアーズ・イン・ヘブン」をアコースティックで歌う場面です。
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この曲とアルバムはこの年のグラミー賞を総なめにしました。その受賞のシーンも感動的でした。

B.Bキング、マディー・ウォーターズ、ジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランとそうそうたるミュージシャンらが登場します。おそらくは貴重な映像ばかりから編集されていると思います。
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この映画は全編ドキュメンタリー映像をうまく編集でつなぎ作成されています。また、多くの関係者の肉声が随所に入り、その当時を振り返ります。

エリック・クラプトンという男、きっと「波乱万丈」という言葉はこの男のためにあるのではないかと思いました。・・・世界で最低なそして最高の男です。
彼のような生き方ができれば、男として最高かもしれません。ただし周りには大迷惑をかけることになりますがね。
そんな自由奔放な男の生き様を見て感動しました。

 

映画「EIGHT DAYS A WEEK」を見ました。

ビートルズのドキュメンタリー映画です。

僕が洋楽に興味を持った1970年にビートルズは解散していますので、リアルタイムでは彼らの活躍をほとんど知りません。

おそらく僕より10歳くらい上の方々にはたまらない映画ではないかと思います。
周りを見るとやはり少し上の年齢層の方が多いと感じました。

映画は「She Loves You」のライブ映像から始まりました。 

もうこの曲が始まった途端ゾクッとしました。久しぶりに見るビートルズのライブ映像に興奮しました。
今から50年以上も前とは思えないくらい4人はカッコいいです。

メジャーになる前に下積み時代があることもしっかり伝えていました。
決して最初からスターだったわけではありません。

ただし、インタビューの時の態度などは決して褒められたものではありません。
茶目っ気たっぷりのやんちゃ坊主たちというイメージでした。

1962年にデビューしてから1965年までは絶頂期だった様子がわかります。
ヒットチャートの上位5曲をビートルズが独占するなど常にヒット曲を出し続けました。

彼らは曲を作ることが楽しくて、それを多くの人たちの前で演奏することを喜びとして一生懸命生きていたようでした。演奏しているときの笑顔が印象的でした。

アメリカでは当時まだ人種差別の激しい州がありました。
そんな場所でコンサートを行うときのこと。
白人と黒人のレストランやトイレなどほとんど一緒に並ぶことのない時代、ビートルズは「そんなことは考えられない」と、反発します。
そして、平等に会場に入れられないなら演奏はしないと突っぱね、ついには主催者側も折れたのです。

その事が引き金になりその後のコンサート会場は全て差別することなく平等になったそうです。


しかし、ファンたちの熱狂ぶりはどんどんエスカレートしていきます。
コンサート会場も次第に巨大な場所になり、警護も大変なことになっていきました。

関係者のこんな言葉がありました。
「5000人の会場で行うのはやめてほしい。なぜならその外で五万人の入れない人が暴れ出すんだ」

皮肉なことに観客が増えることにより、音楽を聴かせる場所では無くなっていくのです。
彼らはそういったことが徐々にストレスに変わっていき、ついには「ライヴ演奏はもう限界だ」となります。
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演奏後は逃げるように退散しないとファンにもみくちゃにされてしまいます。

やはり彼らは、自分たちの音楽を大衆に聴いてもらうことが1番好きなことだったのです。

そんなモチベーションが下がっていた頃に武道館で日本公演がありました。
その時の映像がありましたが、皆の表情は暗く、数年前のような笑顔はあまりありません。


その直後、フィリピンでイメルダ大統領夫人の晩餐会を断ったことが問題になります。

そしてジョンの「僕らはキリストより有名だ」という発言からアメリカでは大バッシングを受けることになります。
アメリカではビートルズの排斥運動が起こりレコード盤や写真を廃棄されるという事態に発展したんですね。
僕は初めて知りました。 いつの時代も人気者はマスコミの格好の的です。

そんなことですっかりマスコミや大衆の前に姿を表すことが億劫になっていきます。

「やっぱり僕らには音楽をレコードで表現するしかないんだ」と原点に戻ります。

1966年からスタジオでレコーディングに専念しますが、それまでの音楽性に変化が現れます。

今まで例のない音楽にチャレンジしていきます。
早回しや逆回しなどオープンリールテープに録音していた時代ならではの、いわば曲芸的な音作りに興味を持っていったようです。

ファンは当初その変化に違和感を持ち、売り上げにも影響が出たようです。
しかし彼らの「いつまでも『She Loves You』をやっているわけにはいかないんだ」という言葉が示すように意欲的に新しさを求めていきました。次第にファンもそれを受け入れるように変わっていきます。

 レコーディングの時のやりとりが何度か出てきましたが、僕はこのシーンがすごく好きです。
周りのスタッフに演奏後「今のどう?」って反応をとても気にしていました。

そしてラストは映画「Let It Be」でも使われたロンドンのアップル社ビルの屋上でのライヴ演奏です。
僕の好きな「Get Back」は使われず残念でしたが、なんか吹っ切れたのか、久しぶりのライヴ演奏だからか、皆の顔に笑顔が戻っていました。  この映像は何度見ても本当にカッコいいです。

裏話ですが、この日の気温は2度で吹きさらしのため、急きょそれぞれの夫人のコートを借りたそうです。
ジョンとジョージは毛皮のコート、リンゴは真っ赤なコートを着て演奏しています。

映画のラスト30分は1965年シェイ・スタジアムでのライヴを最新のデジタル技術で映像音声共に仕上げ直した映像でした。56000人の観衆を集めた圧巻のライヴです。
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ファンたちの金切り声で演奏の音はかき消されていたようでした。自分らの音のフィードバックもないころで、それでもしっかりと音を合わせていた彼らは素晴らしいという声がありました。(エルビス・コステロ)
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しかしこのコンサートの終了後、会場から移動する護送車の中で「これでもうライヴは最後だな」と4人の決意は固まったようでした。




史上最高のスターでありミュージシャンと言われるビートルズですが、彼らにも苦悩の日々があったのです。

 改めてビートルズの凄さを知ることができました。多くの大衆を魅了するパフォーマンスは類を見ません。
この映画を見て良かったです。やはり永遠のビートルズですね。

このお二人が生の声で当時を振り返っているところもファンには必見でしょう。

予告映像です。




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