舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 葬儀

一夜明け、最後のお別れの時が近づいてきました。
BE36BECE-00FB-4C03-87DD-2A6B65B6FD60

まず、故人をしのんでお別れビデオの放映です。
939EB09B-DC9D-4A78-B5C1-9BF8904E5BF1
若かりし日の平松さんです。
FE068673-AF35-4E7A-A9B9-418686A08511

葬儀が始まり、読経を聞きながら、平松さんとの思い出が蘇ってきました。
69AF735E-26A9-4B5F-AB0C-D5C14EE96076

僕がこの会社に入社以来、約27年間平松さんと仕事を共にしてきました。もちろん生涯で一番長く時間を共有してきたことは言うまでもありません。
入社から3年もすると、一人前とはいえないまでも自分で考え、行動できるようになってきます。すると、意見のぶつかり合いも生じます。平松さんは従来のやり方を踏襲したい、どちらかというと保守的な考えの持ち主でした。そして僕は、その反対で新しいものを見つけると試してみたい、使ってみたいという思いが抑えられません。当然意見が対立します。互いに納得がいくまで議論しますが、大抵の場合、最後は僕の意見に落ち着くことが多かったように思います。今思えば平松さんが譲ってくれていたのだと思います。何度も何度もけんけんがくがくやりあったことが懐かしく思います。
C5F8AF0B-79C9-4B9C-9522-8DFD7026F791

平松さんは温厚な人柄で、いつもニコニコしている方ですが、実は頑固な面もあります。そしてマイペースなところもあります。ぶつかり合いはたくさんありましたが、感情でやっているわけではなく、あくまでも仕事の上のことです。僕を信頼してもらい 、僕のことをとても立ててくれていたことは感謝しかありません。
52313119-6583-4014-A0CB-FA6AD213982E

平松さんは一言で言うと「ザ・職人 」でした。どういうことかと言うと、人に指示してやらせるより自分でやってしまうタイプなんですね。なので、事務所にいるのではなく現場に行きたがる習性がありました。仕事量が少ないうちはそれでもよかったのですが、だんだんと仕事量が増えてくるとなかなかそう言うわけにもいきません。部下に任せたり、工事業者さんも地元だけではなく、広範囲に依頼する業者さんを広げていく必要が出てきたのです。その提案をすると快く承諾していただけたので、現在につながりました。

マリエール岡崎という結婚式場が新築オープンした時のことです。会社内の事情を鑑みて社長が、平松さんを制作の現場管理業務にシフトしたことがあります。当の平松さんも大変だったと思いますが、それまで両輪で回してきた僕の方も片輪 失うわけですからそれは大変でした。社長からこの相談を受けた時、一瞬考えましたが、もう社長の腹は決まっているようでしたので、これは何が何でもやるしかないと僕も腹をくくりました。単純に仕事が2倍になるイメージです。ですからとにかく効率を上げることを考えました。経験の少ない社員にも大きな仕事を任せるという大英断をしたことも何度かありました。任される社員も大変ですが、任せる勇気も大変でしたがそんなことは言ってられないほど多くの仕事を抱えていました。
しかし、「案ずるより生むが易し 」小さな問題はあってもほとんど皆うまくこなしてくれました。そのおかげで社員も僕も大変勉強になり、成長できたと思います。

とにかく忙しい時代でした、めまぐるしい 毎日を送っていましたが、泣き言は言いませんでした。よく高い山ほど登った時の満足感が大きいと言いますが、まさにそんな気持ちです。一つ一つ案件をこなしていくことで不安な気持ちが少しずつ自信に変わっていきました。

そのタイミングをきっかけに、リーダー役が変わり、平松さんが戻ってもリーダーとしてやらせていただきました。平松さんには影になり日向になり支えていただけたことは一生忘れません。
B4006BD8-A89C-4616-8770-61039C0C5EEA

4年前に会社を完全退職されてからは、不治の病との戦いの日々だったようで、ご本人も奥様も大変だっと伺っています。68歳と早すぎるお別れですが、神様はもう楽になりなさいとお二人に思われたのかもしれません。
どうぞ安らかに、お眠りください。
230975B4-E933-4C37-9F71-EFDF5CC6F274

今の自分があるのも平松さんのおかけだと感謝しています。27年間、本当にありがとうございました。
 414C5A3E-CA01-43AF-AD4A-FEB5B9ACB845

10日の早朝、1本の電話が入りました。

「平松さんが亡くなったそうだ」 …「え?」突然のことで一瞬言葉を失います。


昭和64年10月頃のことです。仕事関係のKさんに仕事を紹介してもらえないかと相談していました。
快く引き受けていただき、車で連れていかれたのが今の会社「中日映像出版」 でした。当時、新栄に事務所がありました。中区新栄というと名古屋ではとても聞こえがいいですが、実際はかなり古いビルの2階フロアを事務所として借りていました。

事務所に入ると、事務の女性が対応していただき、通されたところで初めてお会いしたのが平松さんでした。確か作業ジャンパー姿だったと記憶しています、気さくな感じで仕事の内容を説明していただき、結局この会社で働かせてもらうことになりました。

この時、僕は30歳、平松さんは37歳でした。
会社内は技術部と制作部の2部門あり、僕は技術部に属することになり、平松さんの部下となりました。
入社してからは、全くの素人の僕に1から仕事を教えていただきました。 
そして、昭和から平成に変わった最初の夏、大きな仕事がいくつも待ち構えていました。2人でフル回転で仕事をしました。昼間は現場で仕事をして、夜は事務所で図面を書くという毎日が続き、とうとう徹夜になったこともありました。朝方2人で近くの「きもぜん」という店に食事に行ったことは今でも覚えています。「あーあの時の味噌汁がとても美味しかったなあ。」

徹夜の次の日だったと思いますが、現場近くで財布を落としてしまいました。頭がフラフラして集中力がなくなっていたのかもしれません 。いい方に拾われて戻ってきたのは幸いでした。

その頃はいつも2人で愛知はもちろんのこと、三重県、岐阜県、時には長野県と飛び回っていました。
そういえば、出勤初日にいきなり長野県飯田市に連れていかれました。遠方に出張して仕事をするのは初めてのことでしたので鮮明に覚えています。

この頃は結婚式場の建設が非常に多く日々忙しく働き、成長させていただきました。
東京などほとんど行ったことがなかったのですが、東京へ行くことも度々あり、いつのまにか新幹線移動は慣れっこになっていました。

しかし、四国へ行くというのはなかなか珍しいことで、ある時2人で愛媛県大洲市に行く仕事がありました。設備点検の仕事でしたが、なんと日帰りです。名古屋はまだセントレアがない頃で、小牧から松山空港に飛び、松山空港からはタクシーで現地に向かいました。時間を節約するため途中でおにぎりを買って車内で食べながら向かいました。 
車で1時間以上かかります。タクシーの運転者さんが、「お客さん、よければ帰りも送らせてもらえませんか?」 というのも無理ないですね。

1FFF560E-A1DB-4E70-B09A-CD20ECE950AB

葬儀会場は平安会館東名斎場です。 
通夜開始時刻の1時間前に到着しました。会葬の方々が見える前にゆっくりと時間をとりたかったので、あえて早めに行きました。というのも、以前から病気のことを聞き、お見舞いにいかなければと思いつつ結局行けないままこの日を迎えてしまったことがとても心残りなのです。全ては自分のせいなんですが、後の後悔先に立たず、です。
DCA61F9E-DB45-470A-9E2D-803AA4A0ED6E

ロビーの一角には懐かしい写真が飾ってありました。
89CA7F03-4B0E-46B1-B8FC-BF8E0E97E505

D0D1661F-0B45-4DF8-BDCA-1C8476DF5797

本日の葬儀にも参列させていただき、最後のお見送りをさせていただくつもりです。

2440C389-5462-410E-B007-FCFEB36DA6DB

6月17,18日の2日間、フューネラルビジネスフェア2019が開催され、盛況なうちに終了しました。
94EF8683-C5B7-4EB7-BCC4-A9999E881EC2

毎年のことですが、来場される方々は新しい情報を求め、そして出展社は新しいお客様との出会いを求めて賑わいます。

今回もいろんな情報をいただくことができ、今後の営業につなげていけそうです。

ほかにも、設計デザイン事務所の方や、花屋さんと情報交換ができたことなど、2日間と短い期間ですが、多くの情報を得ることができました。
BAC3767D-7948-44BC-9098-E6D62F8FCF03

なかでも特に印象に残ったことがありました。

名古屋の古くからのお客様、現在では定年退職されたHさんと久しぶりにお会いすることができ、立ち話ですが、ゆっくりお話ができたことです。僕のブログもたまに読んでいただけてることがわかり、大変ありがたく思いました。
この話をしている最中に、もうおひと方そのHさんの古い仲間の方が偶然出会うことができ、一層話に花が咲きました。昔の思い出話や面白い話があって大切な時間に思えました。

こういう偶然な時間が生まれるのも、この展示会があってのことです。先ほどのメンツで一緒に話す場面など普通ではありえないことなのです。

ビジネスを通して、人は成長していきます。僕もHさんからいろんなことを学びました。Hさんは大変厳しい方で、その昔は恐れられている存在でした。言葉や態度では厳しいですが、心の中は暖かい人です。皆それがわかっているから慕われます。

葬儀に関することは本当に精通されています。昔から、商品アドバイスをたくさんいただいてきました。

Hさんから教えられたことで、昔すぐ実行したことがあります。それは朝早く会社に出勤することです。葬儀業界は朝が早いんだそうで、Hさんはほかの誰よりも早く会社に出勤されているという話を聞いてそれなら簡単にできると思い、まねをすることにしました。定時より1時間ほど早く出勤すると思いのほか仕事が片付きます。その時間にはほとんど電話がかかってこないのではかどるんでしょうね。
それ以来ずーっとその癖がついていて今でも早く出勤します。
すると最近では、それを真似る部下も出てきました。

昔はなかなか冗談など言えませんでしたが、今では言えるようになりました。

面と向かって言えませんでしたが、感謝の気持ちでいっぱいです。
最近、特に健康に気を付けていらっしゃるとのことでしたが、体調など崩されませぬよう何卒ご自愛ください。

878BD3E5-CCB7-4395-9EF3-F7F6795DF632

横浜ベイブリッジ

フューネラルビジネスフェア2019が始まりました。
60F00975-D1A4-43DE-9030-03A6D144BC01

横浜にありますパシフィコ横浜が会場です。 
870F9697-44B8-488C-9DE1-FEE6F974607C
 
94EF8683-C5B7-4EB7-BCC4-A9999E881EC2

弊社のブースです。
A2C1E483-6787-41C8-BFC0-82AC56E5E0DA

感覚的にはたくさん来場していただけているように感じます。
94353950-CFE3-4FA3-BA1C-E417CDBF7E9F

最近サイネージディスプレイの問い合わせが増えています。6年前から提案し続けてようやく注目されるようになったのかなというところです。
3D0BE2E3-A9DB-4876-8963-53A95B471042

お隣のブースは花祭壇のご提案をされていました。
ちょっと一風変わったデザインですね。
F9817FD5-9A01-426B-ABCC-BCA94FC3035F

社葬など大型葬を専門に受注しているという、ニッチなところでビジネスを展開されています。
会長さんと副会長さんです。
094B00A6-A837-4EBB-97DC-4C4A4EA56C6C

 
明日もう1日開催していますので、スタッフ一同お待ち申し上げております。
77ABF368-1BC8-43A7-8EFF-DFA1E459B14C



P.S.会場を出ると変わった車を発見、水陸両用バスです。
2B1ADB58-FC2C-43F4-AECB-BD94FB64CCC4

よく見ると、テール部分にスクリューが付いていました。わかりますでしょうか。
1A4EC684-728B-457E-881B-9D0D201C4E2F

 

今年もフューネラルビジネスフェアに出展します。
e304400537

6月17,18日の2日間で会場は横浜のパシフィコ横浜、展示ホールC,Dです。

この展示会は1996年に総合ユニコムさんが葬祭業界の専門誌「月刊フューネラルビジネス」を創刊したことからスタートして20年を越えました。今や業界では歴史ある展示会です。
葬祭業界の時代の移り変わりをリードしてきました。

スタッフ一同お待ちしておりますので、ぜひお越しくださいませ。

このページのトップヘ