舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 音楽

先回のローリング・ストーンズの「サティスファクション」が発表された1965年、人気を二分していたもう一方のビートルズは映画の主題曲としても有名な「ヘルプ!」を発表しました。
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もうこの曲に関してはほとんど何も語る必要がないほど、皆さん良くご存知の曲ですね。

中学生の頃でしたかね、当時ビートルズ映画3本立てというのがありまして、「ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」「ヘルプ(4人はアイドル)」「レット・イット・ビー」だったかな?
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「ア・ハード・デイズ・ナイト」もいい曲ですね。「ヘルプ!」もみんないい。(笑)
映画「レット・イット・ビー」で屋上で「ゲットバック」を演奏してるシーンはめちゃくちゃかっこよくて大好きです。
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ビートルズ3本立てって、ファンにはたまらないカップリングと言いますか、今思うと夢みたいなことですね。

「ヘルプ!」に話を戻します。黄金コンビ、レノン=マッカトニーの作品ですが、主にジョン・レノンによって作られたそうです。

1965年頃のビートルズは、それまでのTV出演や小さなホールでのコンサートを極端に減らし、大きな会場に大人数を集めて行う方向に変わっていったそうです。
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そして8月ニューヨークのシェアスタジアムでのコンサートが開催されました。野球場でのコンサートは今では珍しくありませんが、当時としては画期的なことでこのビートルズが世界初となったのです。
音響設備が貧弱だったこともあって、56000人の大観衆の大きな歓声で演奏はほとんど聞こえなかったそうです。しかし、そのことでメンバーが段々とコンサートに対し疑問を持つようになっていったと言います。

映画「エイト・デイズ・ア・ウィーク」でもシェアスタジアムでのシーンが使われていました。
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当時異常なほどの人気で、気が狂うほど多忙を極めていました、ジョンは曲を通じて本当に助けを求めて叫んでいたんだと後日語っています。

それではビートルズで「ヘルプ!」をどうぞ。


pさていよいよロック界の大御所、ローリングストーンズの登場です。

ストーンズといえば、数々ヒット曲がありますが、ぼくは「サティスファクション」ですね。
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1965年にリリースされ全米、全英で1位にランクインしています。
ストーンズが世界的な人気となるきっかけを作った曲と言われています。

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ちょっとビートルズ風なジャケ写真ですね。


ローリングストーンズは、1962年イギリス、ロンドンで結成されました。
オリジナルメンバーはブライアン・ジョーンズ(ギター)、イアン・スチュワート(ピアノ)、ミック・ジャガー(リードヴォーカル)、キース・リチャーズ(ギター)、その後まもなくビル・ワイマン(ベース)とチャーリー・ワッツ(ドラム)が加入しています。
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1969年にブライアン・ジョーンズが脱退、その3週間後に謎の死を遂げています。その後任としてミック・テイラーが参加し、1974年に脱退、その後任としてロン・ウッドが加入しています。
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1960年代、ビートルズが解散するまでの間、中学や高校のクラスの中でビートルズ派とストーンズ派に分かれていたと先輩から聞いたことがあります。大体男の子はストーンズ、女の子はビートルズだったということでした。
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1960年代の初めから現在に至るまで、1度も解散することなく第1線で活躍し続けているロックバンドはストーンズくらいじゃないでしょうか。まさにロック界のレジェンド、不良おじさんたちです。
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ミックもキースも1943年生まれですから、現在76歳です。
このスタイルは凄いですね。おじいさんと呼べないですね。
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出だしのエレキギターのリフを聴いただけで、この曲だとわかる「サティスファクション」。
この特徴的なギターリフは、ギブソン製マエストロのファズボックスを使用して作られているとのことです。
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曲中で何度も繰り返される"I can't get no satisfaction"のフレーズは「まったくもって満足できやしない」という意味だそうで、「満足できない」と歌っている曲で大ブレークしたストーンズの面々の胸中は満足しているんでしょうか。
それでは「satisfaction」をどうぞ。

前回のスキータ・デイヴィスがカントリー歌手ということから、カントリーつながりで今回はジョン・デンバーの「故郷へ帰りたい」を紹介します。
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この曲はあまりにも有名で、いまさらという感じも致します。

年齢の若い方には、ジブリ映画の「耳をすませば」の挿入歌と言ったらピンとくるのではないかと思います。
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その原曲はジョン・デンバーが作詞作曲し、1971年にリリースし全米2位の大ヒットしたこの曲なのです。(ビル・ダノフ、タフィー・ナイバート共作)

歌詞の中で、ウェストバージニアという地名が繰り返し出てきます。そのため、ウェストバージニア州の代名詞的な存在となっているようです。2014年には公式にウェストバージニア州の4番目の州歌となっています。
故郷ウェストバージニアの山や川が懐かしく、私を故郷へ連れて行って、と歌っています。
しかし、具体的な山と川の名前を出したためにちょっと面白いことになりました。
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Almost heaven, West Virginia. Blue Ridge Mountains, Shenandoah river」と歌われるブルーリッジ山脈は全くウェストバージニア州を通っておらず、シェナンドー川もわずかにウェストバージニア州にかかるだけで、そのほとんどは隣のバージニア州を流れている。ジョン・デンバーらは、当時そのことを確かめずに発表してしまったらしいが、ウェストバージニア州内でも、ハーパーズ・フェリーという町からは、実際にブルーリッジ山脈とシェナンドー川の両方を一望できることをファンに教えてもらい驚いたというエピソードがある。(ウィキペディアより)
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また、この曲はアメリカ合衆国を代表する曲として、多くのシンガーにカバーされています。
なかでも有名なのが、1974年のアルバムに収録され、日本では1976年にシングルカットされ大ヒットしたオリビア・ニュートンジョンの「カントリー・ロード」です。
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ほかにもリン・アンダーソン、スキータ・デイヴィス、レイ・チャールズらにカバーされています。

オリビア・ニュートンジョンのバージョンも好きですが、今回はオリジナルのジョン・デンバーのバージョンをお送りします。

先日、何気なくふとこの曲のメロディが頭に出てきました。懐かしく心に残っている曲です。
そして、「えーと、この曲のタイトル何だっけ?」としばらく考えて出てきました。
「エンド・オブ・ザ・ワールドだ」英題(The End Of The World)
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日本でのタイトルは「この世の果てまで」なんですが、このタイトルは浮かんできませんでした。原曲の歌詞の内容からすると、「世界の終わり」と言うほうがより本来の意味に近いそうです。

次に誰が歌ってるんだったかな?ネットで調べました。多くの人がカバーしていました。ブレンダ・リーやカーペンターズなど。聴いてみましたが、僕の記憶にあるバージョンではありません。
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そしてスキータ・デイヴィスのヴァージョンを聴くと、「ああ、これだ」何となくもの悲しげな甘い声。そして途中で入るセリフのところがいいんです。何となくきゅんとなりませんか?
また、彼女のバージョンは多くの映画にも使用されているということです。

正直なところ、スキータ・デイヴィスの名は聞いても記憶にありませんでした。ただ、歌声はしっかりと耳に残っています。
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日本では、伊東ゆかりさんや天地真理さんなどにカバーされています。

スキータ・デイヴィスはアメリカのカントリー歌手なんだそうです。1931年生まれで2004年に72歳でお亡くなりになっています。ちょうど僕の親くらいの世代ですね。

それでは、お聴きください。スキータ・デイヴィスで「The End Of The World」
 

今回は1971年に日本でもヒットしたポップ・トップスの「マミー・ブルー」です。
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いやあ、このジャケット、実に懐かしいです。

ポップ・トップスはスペインのマドリッドで結成された7人組のグループです。また、この曲は多くのアーチストらに競作されました。その中でも彼らのレコードが1番売れたのではないかと思います。

日本やヨーロッパではヒットしましたが、アメリカではそれほど売れなかったようです。

今思うと、なんでこの曲がヒットしたのかな、って思います。哀愁がいっぱい漂うムードで、どちらかと言うと暗いイメージです。♬オーマミ、オーマミ、マミー、ブルー、オ、マミーブルー♬のフレーズをバックコーラスがひたすら歌っているという感じです。

中学1年か2年の時、洋楽に目覚めてまだ1年くらいたった頃でしょうか?とにかくこの頃、ラジオでよくかかっていました。

ポップ・トップスはこの曲以外ヒット曲があるんでしょうか?僕は残念ながら知りません。

1968年に「涙のカノン」という曲がヒットしたらしいのですが、知らないですね。当時10歳ですから、仕方ないかもしれません。クラシック音楽の「パッヘルベルのカノン」のアレンジということです。
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それにしてもなんという、ジャケ写真でしょう。大胆なボディペインティングです。

それではお聴きください。

ポップ・トップスで「マミー・ブルー」です。
 



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