舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 音楽

前回はポール・マッカートニーをご紹介しました。ビートルズといえば、イギリスのリバプール出身です。リバプールつながりということで今回はカプリコーンの「ハロー・リバプール」をご紹介します。
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カプリコーンはイギリスの女性一人男性二人のポップスグループです。この曲がデビュー曲でした。
元々はテレビ番組の主題歌だったそうですが、ファンの要望によりレコード化されたそうです。しかし、本国ではあまり売れなかったようですが、日本ではスマッシュヒットとなりました。

「♬ハローハーロー♬」で始まるこの曲、とっても懐かしいです。

翌年、日本で行われた第3回世界歌謡祭では「恋のフィーリング」でグランプリに輝いています。
日本でカプリコーンが一気にブレイクした年です。日本のファンにマッチしたのですね。

女性ボーカルのスー・アボリーはこの時19歳と大変若く、透き通るようなハイトーンが魅力的な歌姫です。

それではお聴きください。

ポール・マッカートニーの名古屋公演から2日、まだ興奮冷めやらぬところです。
今回はそのポール・マッカトニーがビートルズ解散からソロを経て自ら作ったグループ、ウィングスで1973年にリリースした「バンド・オン・ザ・ラン」です。
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このウィングスはポールの妻、リンダ・マッカートニーと元ムーディー・ブルースのデニー・レインが中心となって構成されたバンドです。
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このアルバムはウィングスとして3作目で、全米全英で1位となりました。最高傑作の呼び声が高い作品です。
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先日の名古屋公演でも演奏してくれ、個人的に一番聴きたかった曲だったので感動しました。

「メアリーの子羊」「ハイハイハイ」「アイルランドに平和を」「マイラブ」「あの娘におせっかい」数多くのヒット曲を世に輩出しています。

ビートルズの中ではポール・マッカートニーが好きだったので、このレコードは持っています。
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先日も書きましたが、ポールのライブは素晴らしく、僕も妻も大満足でした。
ちょっと大げさかもしれませんが、生きている間に見ることができて本当に幸せです。

それでは「バンド・オン・ザ・ラン」をどうぞ。

11月8日、待ちに待ったポール・マッカートニーのライブの日がやってきた。
名古屋での公演は初めてのことである。
会場はナゴヤドームだ。
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ツアーバスで、記念撮影。こういう撮影スポットが設けられているのはファンにとってはとてもありがたい。みんな思い思い写真を撮っていた。
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ナゴヤドームの中に入るまで、人人人でごった返していたのだが、いざ中に入るとグッズ売り場に並ぶ人と通路を歩く人で大混雑。席に行くまでも大変な状態だった。

ようやく席に着き開演前の状況。
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6時30分開演予定だったが約30分遅れてようやくステージに登場し会場のボルテージが一気に上がる、いきなり「ハード・デイズ・ナイト」でスタートした。
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生のポールがそこにいる、そしてライブ演奏を聴いているというこの現実が信じられないのだが、やはり感動的な瞬間だ。
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「ニホンゴ、ガンバリマス」 など片言の日本語を随所に挟むなど、日本のファンにとても優しい。
さらには、「シンキョク、ダガヤ」 と名古屋弁を使って会場を笑いに包んだ。他にも「デラ、サイコー」と名古屋を意識した言葉にファンは大盛り上がりだ。
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「古い曲、新しい曲、そして中間の曲、色々やります」 といろんな時代の曲を披露してくれた。
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「レット・イット・ビー」 「ヘイ・ジュード」などおなじみのビートルズナンバーも聴くことができて、最高のライブだ。
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スローナンバーでは観客がスマホの光を揺らすと、それを見たポールが「ビューティフル」と喜んでいた。
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時折茶目っ気のある仕草を見せて、ファンを喜ばすなどファンサービスに対する気遣いも感じられた。
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ライブ後半では、ウクレレを弾きながら「サムシング」ジョージに捧げる曲だ。そこから「オブラディ・オブラダ」僕が最も聴きたいと思っていたウィングス時代の「バンド・オン・ザ・ラン」と続き「バック・イン・ザ・U.S.S.R」「レット・イット・ビー」と37000人の観衆はポールの歌声に酔いしれた。

しかし、現在76歳 という年齢が信じられないほどパワフルで精力的だった。特徴的な高い声もしっかり出ており、約2時間半ほとんど休憩なしで37曲も演奏してくれるなんて、ファンは皆大満足に違いない。

アンコールの「ゴールデン・スランバー」で会場は最高潮になった。

最後に「最高の夜だ、日本人は皆優しい。今日ここに見にきてくれたことに感謝する」とコメントがあった。何を仰いますか、感謝したいのはこちらの方ですよ、と言いたい。
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最後に、ドアラを片手にステージから去っていった。
とにかく最高のライブだった。ポール・マッカートニー・・超一流のミュージシャンであることを身をもって認識できた。

本当にありがとう、観れて良かった。感動をありがとう。
とにかく「さすが」の一言に尽きる。少々疲れはしたが大満足の忘れられない夜になった。
(写真は中日ウェブより引用) 

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シェールはアメリカ出身の歌手、1946年にカリフォルニア州で誕生しています。
チェロキーの血を引く彼女は、歌手のソニー・ボノに見出され18歳で結婚しました。そしてソニー&シェールの名で活動をはじめ「アイ・ガット・ユー・ベイブ」などのヒット曲を出しています。(ウィキペディアより)
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1966年よりデュオと並行してソロ活動も始め、チェロキーの血筋を前面に押し出したイメージ戦略で出した曲がこの「悲しきジプシー」です。全米1位の大ヒットとなり「ハーフ・ブリード」などその路線が続きます。
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その後、1975年にソニーと離婚し、グレッグ・オールマンと結婚しています。それは知りませんでした。
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音楽活動はその後も続けており、1998年には「ビリーブ」欧州でヒット、米国でも1位に輝きました。

2013年新しいアルバムをリリースし、ビルボードで初登場3位を記録しています。大変息の長い歌手といえます。
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また、女優としても活躍されており、1987年にはアカデミー賞の主演女優賞を受賞されています。
スーパーマルチな女性です。

「悲しきジプシー」の曲中で、どうしても「オレは行くー」って聞こえるパートがあるんですが、こんなことを思ってるのは僕だけですかね。

それでは、皆さんにはどう聞こえるのでしょう、聴いてみてください。

さて今回は、シャーリー・バッシーの「ゴールドフィンガー」を紹介します。
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若い方にはあまりなじみがないかもしれませんが、映画007シリーズの第3作目となる「ゴールドフィンガー」のテーマ曲として我々世代ならだれもが知っている曲です。
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シャーリー・バッシーはイギリスの歌手で1937年生まれといいますから、もうかなり高齢になっています。イギリスではエリザベス女王から勲章を受けており、最も人気のある歌手の一人だそうです。
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彼女の圧倒的な声量とパンチのが聞いたヴォーカルは「ゴールドフィンガー」にうまくマッチしていました。

007シリーズはご存知英国の諜報員ジェームス・ボンドが大活躍する映画で、派手なアクションとちょっぴりお色気も入り当時大人気でした。
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ボンド役のショーン・コネリーは本当にはまり役だと思います。
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ボンドカーと言われるボンドが使うアストンマーチンがかっこよくて憧れの的でした。
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また映画の冒頭から、ゴールドボディの女性の映像など目を引くものがありました。
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それではシャーリー・バッシーで「ゴールドフィンガー」をどうぞ。


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