舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 音楽

先日、娘から「ねえ、パパー、ちょっと来て」と珍しく声がかかる。
30歳を過ぎたけどもいまだに「パパ」である。いいのか悪いのかわからないが…

ま、それはいいとして、本題に戻る~「ap bankやるらしいよ」…「えっ!」
あまりにも唐突だったので、一瞬少し間があって「ほんとに?」
そして娘は手にしていたスマホの画面を僕に見せる。
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おおー、すごい。なぜかそう思った。ちょっとテンションが上がる。

ap bank fesは静岡県つま恋で行われていた夏フェスで、過去2005年から2012年まで行われた。
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>ap bankとは<

<<ap bankは、自然エネルギーをはじめとするさまざまな環境プロジェクトの支援や推進を行う非営利組織です。

音楽プロデューサー小林武史と、Mr.Childrenの櫻井和寿の2名に、アーティストによる自然エネルギー促進プロジェクト 「Artists’ Power(アーティスト・パワー)」の発起人である坂本龍一氏を加えた3名が自己責任において拠出した資金をもとに、2003年に設立されました。

ap bankの「ap」は「Artists’ Power」、そして「Alternative Power」のAPです。

環境プロジェクトへの融資や、音楽を楽しみながら、難しく捉えられがちな環境問題や社会問題などを身近なこととして考えてもらう場としての「ap bank fes」の開催、東日本復興支援などさまざまな活動を行っています。>>

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このフェスには、2012年に一度だけ行った。そしてそのすべてに感動した。心地いい疲れだった。

この時、来年もまた来るぞーと思ったが、残念ながらその翌年から開催されずに6年経ってしまった。

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その待望のap bankがまたやってくるのだ。

まだチケットも取れていないけれどもう行く気満々だ。


すぐにネットでチェックしてみる。
7月13日が前日祭、7月14,15日が本公演とある。前日祭というのは前回は無かった。

出演ミュージシャンもまだ決定していない。
どんな演者になるのか楽しみなところだ。

そしてMr.Childrenの櫻井和寿君から以下のようなメッセージが届けられている。(HPより)

~忘れられない風景が、
感動の記憶が、
「夏のつま恋」の中にある。
それは今も僕の身体中に住みついていて、時々どうしようもないくらいあの場所に帰りたくなる。
イヌとかネコとかサケとかハトとかにはあるって言うけれど、
ミュージシャンとしての僕の帰巣本能なのだとさえ思う。
つま恋は僕を育ててくれた場所。


あそこでまた、新しい音を、歌を、笑顔を、歓声を上書き出来るなんて、
まだ少し実感を持てないくらい嬉しい気持ち。


そうそう
「よく来たね」という歌が出来たのは、ちょうど今くらいの季節。
宮城の温泉地に向かうため車を運転しながら、ふと「夏のつま恋」に足を運び、ステージに笑顔を向けてくれるであろう人達を想像したら、なんとも言えない気持ちになって涙があふれ、危ないから車を路肩に停めて、泣きながら言葉をノートに書き留めた(笑)。


そのときのことを今思い出した。 うん。 あの気持ち。


櫻井和寿 ~

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このフェスの1日はbank bandの「よく来たね」で始まる。

♬よく来たね 大変だったんじゃない?

 遠方まで 疲れちゃったんじゃない?

 こんなにいいお天気だから

 今年もいっぱい遊ぼう♬


そうか櫻井君は泣きながらこの曲を書いたのか。

どうりでジーンと来るはずだ。ライブで聴いた時、ちょっと鳥肌が立った。


7月が来るのが今から楽しみになった。







僕はなぜか、前回ご紹介した「アメリカン・パイ」から「カリフォルニアの青い空」を連想してしまいます。
そういうことってありませんか?曲風など特に似ているわけでもないのですけど不思議です。
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アルバート・ハモンドはイギリス出身のシンガーソングライターです。
1970年代初めにアメリカに移住しています。1944年生まれといいますから、現在73歳です。
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この曲は、アメリカで成功したものの、イギリスではあまりぱっとしなかったようで、ラジオではよく放送されていたのですが、レコードの売れ行きにはつながらなかったみたいです。
こういうのを、「ターンテーブルヒット」と呼ぶそうです。

この曲を聴くと、まさに「カリフォルニアの青い空」がイメージとして浮かびます。面白いものです。ですからてっきりアメリカ人が作った曲だと思っていました。
scene-18451ちょっとイメージ違いますけど、こんな写真もありました。

イギリスで売れなかったのもこの辺りが原因なのでしょうか。アメリカのイメージはイギリスではウケないということなのかもしれません。

この曲以外はあまりヒットに恵まれず、1981年に日本では「風のララバイ」がヒットしたぐらいですかね。
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それでは「カリフォルニアの青い空」お聴きください。

前回の名曲シリーズで「ドン・マクリーン」の名前がちょっとだけ出ました。

ドン・マクリーンと言えば、「アメリカン・パイ」という大ヒット曲があります。
1971年にリリースし、1972年にアメリカビルボード誌で第1位になっています。
自身が作詞作曲されています。
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そうそうこのジャケットでした。懐かしいです。日本でも大ヒットしましたからラジオでしょっちゅう流れていました。このメロディは結構耳について忘れられないですね。さびの部分は今でも口ずさめちゃいます。パート1、2となっているのはこの原曲が8分30秒と大変長いためA面B面に分けて発売されたようです。長い曲と言えば、グランドファンクレイルロードの「孤独の叫び」を思い出しますが、それでも6分ちょっとですから、8分30秒というのは異例の長さです。

この曲明るくてテンポのいい曲ですが、歌詞中の「February made me shiver」とは、1959年にリッチー・ヴァレンス、バディ・ホリー、ビッグ・ボッパーが乗ったチャーター機が墜落したことを指しているそうです。曲中でこの日のことを「音楽が死んだ日」(The Day the Music Died)」と繰り返しています。印象に残る歌詞です。悲しい内容の歌だったんですね。

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1945年生まれで現在72歳です。
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音楽スタイルは昔と変わっていませんね。

「アメリカン・パイ」は2000年にマドンナによってカヴァーされているそうですが、知りませんでした。
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それではお聴きください。ドン・マクリーンで「アメリカン・パイ」。

さて今回は、1973年アメリカで1位に輝き、日本でも大ヒットした、黒人女性シンガーロバータ・フラックの「やさしく歌って」です。
原題は「Killing Me Softly with His Song」です。
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元々1972年に女性フォークシンガーのロリ・リーバーマンがリリースしましたが、ヒットしませんでした。
たまたまこの曲を飛行機の機内で聴いたロバータ・フラックが気に入って歌い、彼女のヴァージョンが大ヒットしたのです。
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実はこの原曲は、ロリ・リーバーマンが1972年に友人とあるクラブに行ったことから始まります。そこで当時まだ無名だったドン・マクリーンが歌う「Empty Chairs」という曲を聴きました。するとその歌詞が自分のことを歌っているようで大変驚いたそうです。まるで自分の日記や手紙を読んでいるのではないかというほどで、自分の世界に入っていきました。
その後すぐに自分の気持ちを紙に書き留め、ノーマル・ギンベルという作詞家に頼み、歌詞にしてもらいました。それにチャールズ・フォックスが曲を付けたそうです。

初めてロバータが歌うのを耳にしたのは、車で走行中でした。ラジオから流れるのを聞いてすぐに路肩に停め、自分の小さな体験が素晴らしい歌唱となっていることに驚き、しばらく動けなかったそうです。
ロバータが歌って世界的な大ヒット曲となったことを「歌ってもらってよかった」と語っています。
「Killing Me Softly」という歌詞は辞書に載ってないワードだそうです。かなり難解な意味の歌詞のようです。英語がわからない僕はそんなことも知らずにただ語感のみでうっとりするだけでした。


日本では、インスタントコーヒーのネスカフェのCMソングとして使われていた関係で、お茶の間でもよく流れていました。

当時有線放送などでもよくかかっており、何度耳にしたかわかりません。
ロバータ・フラックの少しハスキーで艶と透明感のある歌声はとても繊細で聞きほれてしまいます。
彼女の歌声に優しく包まれるような気分になり、まさに「やさしく歌って」というタイトルがしっくりきます。

個人的には歌の出だしのところが好きですね。

ではお聴きください。

前回ダイアナ・ロスと若き頃のマイケル・ジャクソン(MJ)の写真を紹介しました。

そのMJのルーツと言えるのが「ジャクソン5」です。

彼らはモータウンレーベルに所属し、ダイアナ・ロスは1960年代をジャクソン5は1970年以降モータウンの屋台骨となって活躍しました。

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ジャクソン5の初期のヒット曲「ABC」です。軽快なリズムと当時まだ12才のMJのハイトーンヴォーカルは彼らを一躍スターダムに押し上げました。中でもMJは1番の人気者でした。
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ジャクソン5はアメリカの黒人ヴォーカルグループで、ジャクソンファミリーで構成されています。
ジャッキー、テイト、ジャーメイン、マーロン、マイケルの5人がオリジナルメンバーです。
1975年からジャーメインと入れ替わり末弟のランディが加わっています。
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MJは1984年にソロとして独立します。そこからの活躍ぶりは皆さんもよくご承知のことと思います。
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では「ABC」をどうぞ。


同じく1970年に全米1位に輝いている名曲「アイル・ビー・ゼア」です。
大人顔負けのバラードを見事に歌いこなしています。こんなころから将来性を予感させるシンガーです。

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