舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 名曲シリーズ

今回は、10CC最大のヒット曲「アイム・ノット・イン・ラブ」をご紹介します。

まず10CCというバンドですが、1972年にイギリスで結成されました。
グレアム・グールドマン、エリック・スチュワート、ロル・クレーム、ケヴィン・ゴドレイの4人がオリジナルメンバーです。1976年までこのメンバーでした。その後、クレームとゴドレイが脱退し、グールドマンとスチュワートが中心になって活動を続けています。

少しずつ彼らの才能が世の中に浸透され、1975年のリリースされた3枚目のアルバム「オリジナル・サウンドトラック」からシングルカットされた「アイム・ノット・イン・ラブ」が全英で1位、全米でも2位に輝き、10CCの代表曲となりました。
この曲は、壮大なバックコーラスで仕上げられています。マルチトラック・ボイスと言われる手法で当時としては革新的な構成でした。これは現代でもまったく通用する曲だと思います。

メンバー3人のコーラスを多重録音で作り上げたサウンドは、とても柔らかな綿のようなもので包み込まれたような、優しくて美しい音楽になっています。

この曲の大成功で10CCは世界的に評価を高めることになりました。

それでは10CCで「アイム・ノット・イン・ラブ」お聴きください。

今回は、アメリカのロックバンド、オーリアンズです。
index

オーリアンズと言えば、「ダンス・ウィズ・ミー」そして「スティル・ザ・ワン」の2曲が最もヒットした曲です。

今回は僕の好きな「ダンス・ウィズ・ミー」をご紹介します。

オーリアンズは、美しいハーモニーが特長で軽快なアメリカンロックです。長い間、イーグルスなどと同じウェストコーストロックなのかなと勝手に思っていました。しかし、実際にはニューヨーク州出身ということで違っていました。

1972年にジョン・ホール、ラリー・ホッペン、ウェルズ・ケリーの3人で結成され、そののちにランス・ホッペン、ジェリー・マロッタが加入し、メンバーが固まりました。

1973年にデビューアルバムをリリースしますが、まったく鳴かず飛ばず、続くセカンドアルバムもアメリカ本国ではリリースされないという不人気ぶりでした。

そして1975年サードアルバム「歌こそすべて」からシングルカットされたのが「ダンス・ウィズ・ミー」です。これがビルボード6位を記録する大ヒットとなり、一気に注目のバンドとなりました。
61JdF4jJtNL._SX355_

翌1976年には4枚目のアルバム「夢のさまよい」がリリースされ、シングルの「スティル・ザ・ワン」が大ヒットします。
41SrgQSxqZL
懐かしいアルバムジャケットです。

それでは、オーリアンズで「ダンス・ウィズ・ミー」 をお聴きください。

今回は、スージー・クアトロをピックアップしました。
suzi

S00007101

彼女は1973年に「キャン・ザ・キャン」のヒットから次々にヒットを飛ばし70年代一斉風靡しました。
スージー・クアトロと言えば、トレードマークの真っ黒な皮のつなぎで、ベースを弾きながらシャウトする姿でしょうか。
7e0d44c2-e68a-4ba6-bdd0-f1cba355d1cf

アメリカ出身で、14歳ころからガールズバンドとして姉らとすでに音楽活動を開始しています。
1950年生まれということです。
f0109989_064365
「ザ・プレジャー・シーカーズ」

1972年にソロとして新たに活動を開始していますが、最初のシングルはさっぱり売れなかったと言います。この曲はフォーク調の曲だったそうです。1973年に入り、ハードロック路線にイメチェンを図ります。そしてその第1弾セカンドシングル「キャン・ザ・キャン」を発表すると、イギリスはじめヨーロッパで大ヒットします。続いて「48クラッシュ」「デイトナ・デモン」と立て続けに大ヒット。
img_01
images

1974年に入っても「悪魔とドライブ」「トゥ・ビッグ」「ワイルド・ワン」とヒットをかっ飛ばします。
hqdefault1
hqdefault

この頃には、もう女性ロッカーとして世界ナンバーワンの座についていました。

とにかくパワフルなボーカルが魅力的で、ストレートなロックは聴いていて気持ちいいです。おそらく彼女が後に出てくる女性ロッカーたちに道を築いたのではないかと思います。

どれも名曲ぞろいで、正直なところどの曲を選ぶか迷いましたが、やはり最初の強い印象から「キャン・ザ・キャン」にしました。
この曲を初めて聴いた時はぶったまげましたね。なんだこのボーカルは、と。あまりのパワフルさに度肝を抜かれました。とにかくすごいインパクトだったことは強く印象に残っています。

日本でも人気は高く1974年から1978年まで5年連続で日本公演を行っています。

それではスージー・クアトロで「キャン・ザ・キャン」をお聴きください。

レオン・ラッセルはアメリカのシンガーソングライターです。1942年に生まれ2016年に残念ながら他界されています。74年の生涯を閉じました。
800x_image

彼は多くのミュージシャンにカバーされている曲をたくさん輩出している稀有なミュージシャンの一人です。

今回の曲は、レオン・ラッセルと言えばこの曲、「ア・ソング・フォー・ユー」です。彼の代表的な曲で1970年にリリースされています。
20161121175607202

この曲をカバーしたミュージシャンは、数多くいます。
ダニー・ハサウェイ、アンディ・ウィリアムス、ヘレン・レディ、カーペンターズ、シェール、アレサ・フランクリン、ジョー・コッカー、レイ・チャールズと豪華な顔ぶれが並びます。
a_song_for_you

ほかにも「スーパースター」「マスカレード」といった曲もたくさんカバーされています。パッと聞くと僕はカーペンターズの印象が強いですね。
img_0

また、ローリング・ストーンズやジョー・コッカー、エリック・クラプトンらと交友もあり多くのミュージシャンと共演しています。
1971年には、ジョージ・ハリスンの呼びかけで、バングラデシュ・コンサートに出演しています。この時もエリック・クラプトンやボブ・ディランらと共演しています。
dtl_06858_1

今や、スタンダードナンバーと言っても過言ではないこの曲「ア・ソング・フォー・ユー」を本家本元のレオン・ラッセルでお聴きください。

ここ何回かはアメリカのウェストコーストを代表するミュージシャンを取り上げています。
そして今回は、ジャクソン・ブラウンです。彼はドイツ出身で、両親とともにアメリカに移住したという変わり種です。
6308B2DB-3E8B-451A-A459-C2FE433A95EF

1978年にリリースされたアルバム「孤独なランナー」 に収録されている「ステイ」という曲を紹介します。この曲は1960年のモーリス・ウィリアムス&ザ・ゾディアックスのカバー曲です。
D45F6DFB-B85D-4045-AA54-E375994A358F

ジャクソン・ブラウンは若い頃、イーグルスのグレン・フライやJ.D.サウザーと同じアパートに住んでいたこともあり、親しい間柄だということです。

イーグルスのデビュー曲「テイク・イット・イージー」はジャクソン・ブラウンがグレン・フライに贈った曲だということは有名な話です。
5B1F1861-C634-481F-BA35-AADBFA5C5E52

朴訥と歌い上げるジャクソン・ブラウンのスタイルは決して飾らずに吟遊詩人のようにも感じられます。
1980年にリリースの「Hold Out」は全米1位を獲得して、シンガーソングライターとしてその名を轟かせています。
123F5D87-9E93-406F-9560-3B3D4F03B3E9

2017年に彼にライブを見る機会があり行きましたが、メジャーな曲を演奏してくれず、ちょっとがっかりでした。でも、歌声は変わらずしっとりじっくり聞かせます。

ステイはオリジナル曲ではないため、彼の曲風とは異なりますが、僕は好きな曲です。
 

このページのトップヘ