舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 名曲シリーズ

久しぶりに名曲シリーズはポップス・ロックジャンルにもどります。
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119回目の今回はアイク&ティナ・ターナーの「プライド・メアリー」です。
この曲は、もともと1969年にクリーデンス・クリア・ウォーター(CCR)が発表し全米2位になりました。ジョン・フォガティの作詞作曲です。
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アイク&ティナ・ターナーはアメリカの夫婦デュオです。16年間夫婦で活躍していましたが、のちに離婚しています。その後はソロシンガーとして活躍し、1984年に「愛の魔力」で全米1位を獲得し最大のヒットとなりました。

セクシーダイナマイトの異名を持つティナはいでたちから他を圧倒する迫力がありますね。
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アイク&ティナ・ターナーの「プラウド・メアリー」は、原曲からかなり編曲されています。原曲はカントリーロック調で淡々と少しのんびりと歌い上げています。一方、ティナ・ターナーのヴァージョンはスローテンポで始まり、中盤からは一気に爆発するようなティナ・ターナーのボーカルが魅力的です。
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映像を見るとわかりますが、ティナは歌唱力もさることながらとにかくパワフルで見る者を圧倒します。
ダンスの振り付けが昔っぽくて懐かしい感じがいたします。

それではアイク&ティナ・ターナーで「プラウド・メアリー」をお聴きください。


さて今回は、グループサウンズの頂点を極めたザ・タイガースの「モナリザの微笑」です。たくさんのヒット曲がありますが、なかでも僕の一番お気に入りの曲を選びました。

彼らは京都出身で、大阪のジャズ喫茶でビートルズやストーンズなどの曲を演奏し活躍していたところ、東京のプロダクションからオファーを受け、上京したことから人気のグループとなりました。
僕が知ってるタイガースは、とにかく女の子に大人気ですごかったですね。特にボーカルのジュリーこと沢田研二さんは、端正なマスクと甘い歌声で人気ナンバーワンでした。

「モナリザの微笑」は彼らの3枚目のシングルです。
このころにはすでに人気も絶頂となり、次の「君だけに愛を」でゆるぎないものになりました。

タイガースはその後1969年にメンバーの加橋かつみが脱退し、岸部修三の実弟である岸部シローが参加します。ちょうどそのころからGSブームが急速に沈滞化し、1971年に解散となりました。

「モナリザの微笑」はなんか胸がキューンとなる歌です。子どもながら思春期を迎えていたのでしょうか。GSブームは小学生の頃の大きな思い出となっています。

 


 

さて今回お届けするのは、カーナビーツの「好きさ好きさ好きさ」です。カーナビーツはこの曲でデビューしたんですね。
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このシングル盤持ってましたよ。
この曲はなんと言ってもドラムスのアイ高野のボーカルでしょうね。ちょっとセクシーでほかのグループにはない雰囲気がありました。♬お前のすべてーをー♬のサビのところは、スティックを突き出してあの当時みんなよくまねしてました。2006年に55歳の若さでお亡くなりになられていたんですね。
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アイ高野氏はカーナビーツ解散の後、ゴールデンカップスにドラマーで参加し、その後1980年にはクリエイションに参加し、「ロンリー・ハート」のヒットを出しています。

カーナビーツは洋楽寄りで他のグループに比べてロック色が強いのが特長です。この「好きさ好きさ好きさ」はイギリスのゾンビーズの「I Love You」のカバーです。
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また、B面の「口笛天国」も海外のカバー曲で、原曲は深夜のラジオ番組「走れ歌謡曲」のテーマ曲として親しまれました。うーん懐かしい。

それではお聴きください。


続いて本家ゾンビーズ


そして口笛天国の原曲。その昔何度聞いたことか。(笑)

さて今回ご紹介するのはヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」です。
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このGSブーム真っ只中の時、人気グループだったのがタイガースやテンプターズのような長髪できらびやかな服装のグループでした。それらとは一線を画すグループがこのヴィレッジ・シンガーズやブルー・コメッツでした。髪型も短髪でピシッと七三分け、ミュージシャンというよりどちらかといえばサラリーマン風でした。しかし、音楽の実力はしっかり備えていて、歌唱力も素晴らしいものがありました。
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若い女の子にキャーキャー言われる感じではなく、玄人受けするグループだったようなイメージがあります。
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この「バラ色の雲」で一気にスターダムにのし上がった彼らは、よく1968年「亜麻色の髪の乙女」をリリースし、大ヒットします。この曲はその31年後の2002年に島谷ひとみがカバーしまた大ヒットします。若い方は彼女のオリジナル曲だと思っている人が多いかもしれませんね。
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それでは、ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」をお聴きください。
 

昨年7月に「名曲シリーズ(邦楽編)その6『想い出の渚』ワイルドワンズ」をアップしてから、長いこと間が空きましたが、久しぶりに邦楽編をお届けします。
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今回は、ゴールデンカップスの「長い髪の少女」です。
1968年に流行った曲ですから、この曲がわかる方は60才以上の方々ですね。
このジャケ写真を見ると、彼らのファッションがかなりいけてると思います。今でも通用するようなファッションで驚きます。
グループサウンズ(以下GS)が日本で爆発的に人気があった当時の僕は小学4年生でした。毎日のようにテレビに登場してくるグループサウンズのお兄さんたちは長髪でキラキラしたそろいの衣装というイメージが強かったですね。タイガースとテンプターズがとにかく一番人気があり、スパイダース、ワイルドワンズ、ブルーコメッツ、ヴィレッジ・シンガースなど個性的なグループがひしめき合っていました。そんな中でも特に異色なグループがゴールデンカップスでした。僕にとっては、ちょっと得体のしれないグループというか、神秘的なイメージでした。ほかのグループに比べテレビに登場することも少なかったように記憶しており、それが輪をかけて謎のグループということにつながったのかもしれません。そして、メンバーの名前がデイブ平尾とかマモル・マヌーとか日本人なのかハーフなのかよくわからないことも一層謎を深めていたように思います。

彼らはアマチュアバンドとして、横浜で演奏していたところを音楽関係者の目に留まりデビューにつながったようです。他の多くのGSがオリジナル曲でヒットを飛ばす中、彼らは海外のミュージシャンのカバー曲を演奏したりしていたことなども、異色だったと言えます。

時代で変遷がありますがメンバーには、後にゴダイゴで一世を風靡するミッキー吉野さんや、ソロで大成功する柳ジョージさんも在籍されていました。カーナビーツ解散後ドラムのアイ高野さんも在籍されていたようですが、僕は知りませんでした。

それでは、ゴールデンカップスの「長い髪の少女」をどうぞ。懐かしいです。

2009年のバージョン。

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