舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 名曲シリーズ

さて今回は、あのビートルズ解散のあとポール・マッカートニーが作ったバンド、ウィングスの「ジェット」です。アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」に収録されています。
解散後一番精力的に音楽活動していたのはポールだったのではないかと思います。
ビートルズのメンバーの中で、一番好きなアーティストだったので、陰ながら応援していました。
ですから昨年11月にポール・マッカートニーのライブを見ることができて本当に感激しました。年齢を感じさせることなく、パワフルなステージを見せてくれました。
そのブログ
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「え?これがディスコ音楽なの?」と疑われるかもしれませんが、間違いなく使われていました。
そもそもディスコミュージックに、ジャンルはないと思うのですが、この時代は大体ソウル系やファンク系といった、いわゆるブラックミュージシャンたちの音楽が主流でした。

そこに「ジェット」ですから、初めは「?」正直なところちょっと違和感を感じたこともありました。
とにかく最初のイントロからノリが良くて、カッコいい曲だと思います。

ちなみに「ジェット」はポールが当時飼っていたラブラドール犬の名前なんですって。

まさにポール&ウィングスの全盛期のスマッシュヒット「ジェット」をお聴きください。


この曲も当時ディスコでよくかかっていました。ジョージ・マックレーの優しい歌声とテンポのいいノリがウケたのか、世界中で大ヒットしたのです。
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ジョージ・マックレーはアメリカ出身のソウルシンガーです。
幼いころから聖歌隊でゴスペルを歌って育ったそうです。

この曲には面白いエピソードがあります。
当時ジョージは29歳、音楽活動をあきらめ大学で刑事司法を学ぼうとしていたのです。元妻のグウェン・マックレーが録音する予定だったこの曲ですが、レコーディングに遅刻し、たまたまスタジオにいた夫のジョージが歌入れを行いそのまま発売するとこれが全米ソウルチャートで1位となったのです。
しかもこの曲はKC&ザ・サンシャイン・バンドのハリー・ウェイン・ケイシーとリチャード・フィンチがグループのために書いたのですが、高音が届かなかったためにほかのグループに提供することになったという超ラッキーなことから始まっていました。棚ボタもいいとこです。
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その後1976年にグウェンとは離婚し、74歳になった現在も音楽活動を続けているそうです。

それではジョージ・マックレーで「ロック・ユア・ベイビー」をお聴きください。



今回はジェームス・ブラウンが1970年に放った彼の代表曲「セックス・マシーン」をご紹介します。
原題は「Get Up(I Feel Like Being)A Sex Machine」です。
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この曲はとても特長的な曲で「Get Up」の歌詞を繰り返し繰り返し歌っています。シャウトという表現は彼のためにある言葉のような気がします。
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ジェームス・ブラウンはアメリカのソウルミュージシャンです。「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」「ミスター・ダイナマイト」などたくさんのミックネームを持ち、ソウル界の大御所という存在でした。
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1956年にデビューしていると言いますから、僕の生まれる前から音楽活動をされています。

僕としては、1980年の映画「ブルース・ブラザーズ」に出演されていたのが懐かしいです。
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この映画はアレサ・フランクリンやレイ・チャールズといったビッグスターが揃って出演していた今思えば凄い映画です。
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あのマイケル・ジャクソンやプリンスらも彼の影響を受けていると語っているそうです。
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いろいろとお騒がせな人生を送り、2006年に亡くなっています。

それではジェームス・ブラウンで「セックス・マシーン」をお聴きください。





1974年突如アメリカから「バンプ」というダンスが入ってきました。
コモドアーズというアメリカの新星ソウルバンドの曲でした。
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この「パンプ」は男女が踊りながら、肩や腰やおしりをぶつけあう新しいダンスでした。この当時ステップが主流でしたから、このバンプというダンスは衝撃的でした。驚きとともに戸惑いがあったのは事実です。日本人には少し照れ臭いダンスでしたから。
ちょうどこのジャケットにあるような感じです。黒人がこの踊りをするとすごく様になっていてかっこ良かったです。
コモドアーズはアルバム「マシンガン」で1974年にデビューし、シングル「ザ・バンプ」と「マシンガン」がいきなりヒットしました。
「マシンガン」はインストゥルメンタルの曲で、よく流れていました。とっても懐かしいですね。

さてコモドアーズと言えば、あのライオネル・リッチーがオリジナルメンバーとして在籍していたことでも有名です。

1982年にソロアルバムを発表するとなんと400万枚の大ヒットを記録します。この当時まだコモドアーズに在籍していましたが、もう戻ることはありませんでした。
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ライオネル・リッチーはその後もソロアーティストとして、大活躍します。
1985年の「USA for Africa」でも中心的なパートを担当していました。

それではコモドアーズで「ザ・バンプ」と「マシンガン」をどうぞ。


 

ディスコ編の第2弾は、大御所中の大御所スティービー・ワンダーの「悪夢」です。この曲は1974年にリリースされヒットしました。原題はYou Haven't Done Nothin'です。
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とてもファンキーな曲で、当時のディスコではこのような系統の曲がよくかかっていました。
曲を聴くと、え?これがディスコでかかってたの?と驚かれるかもしれません。
のちのディスコブーム時代になると、この曲のようなスローテンポな曲は少なくなりますので、少し時代を反映しているのかもしれません。

黒人音楽=ソウルミュージック=モータウンというところは皆さん衆知の通りですが、スティービー・ワンダーはわずか11歳の時にモータウンレーベルと契約し、それ以来モータウン一筋で活動してきています。
スティービー・ワンダーは生まれながらにして盲目というハンデがありながら、シンセサイザーなど楽器の演奏に優れ、シンガーとしても高い実力を持ち、作曲もできてしまうという才能を持っています。盲目のハンデなどまるで感じられない素晴らしいミュージシャンの一人です。同じく盲目の黒人ミュージシャンと言えば、レイ・チャールズさんがいます。彼もまた偉大なミュージシャンとして尊敬されています。
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スティービー・ワンダーは1963年にビルボード1位のヒットを記録しています。この時、13歳で最年少記録となっています。当時はリトル・スティービー・ワンダーという名前で活動していました。
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それから時が経ち、1972年に「迷信」「サンシャイン」でグラミー賞に輝きます。
スティービー・ワンダーは数多くのヒット曲がありますが、曲のジャンルが幅広く単にソウルミュージックだけにとどまっていないところも彼も偉大さを物語っています。
この後、「レゲエ・ウーマン」「イズント・シー・ラブリー」「愛するデューク」や「心の愛」などなどビッグヒットをこの世に送り出すことになります。
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それでは、スティービー・ワンダーで「悪夢」をお聴きください。
独特のイントロがゾクゾクします。

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