舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 名曲シリーズ

イギリス出身バンドのご紹介を続けています。

今回は、イングランドの出身のムーディー・ブルースです。曲は1971年リリースの「ストーリー・イン・ユア・アイズ」(邦題:愛のストーリー)です。
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この曲は7枚目のアルバム「童夢」からのシングルカットです。
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このアルバムジャケットは実に懐かしいですね。
ムーディー・ブルース、結成は1964年とかなり歴史あるグループです。
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前回のイエス同様、プログレバンドの草分け的な存在として知られていますが、もともとはそういった前衛的な音楽志向ではなかったと言われています。
1967年にメンバー2人が脱退し、ジョン・ロッジとジャスティン・ヘイワードを迎え入れたところから、電子楽器を駆使した前衛的な音楽へと変貌を遂げます。
その当時からオーケストラとの競演を実現し、新しいロックに挑戦していたようです。
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僕は1970年から71年当時のことくらいしか記憶にありませんが、何となく大人のバンドと言うイメージがありました。同じ頃、ツェッペリンやディープ・パープルなどハードロックバンドがもてはやされていた時代です。プログレバンドとなると前衛的なので、どうしてもやや奇怪な音楽に映ってしまうんですね。そんな感じところからアダルトなイメージがしてたのかもしれません。
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ではムーディー・ブルースの絶頂期ともいえる1971年「童夢」からのシングル「ストーリー・イン・ユア・アイズ」をどうぞ。




イギリス出身バンドを前々回より続けています。
さて、今回は「イエス」の「ラウンドアバウト」をご紹介します。「イエス」と言えばほとんどの方が「ロンリーハート」を思い浮かべると思います。あの曲は爆発的に売れましたからね。
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しかし、我々世代だとイエスと言えば「ラウンドアバウト」なんですね。ま、僕だけかもしれませんが。
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イエスは1969年にロンドンで結成され、その後メンバーを入れ替えながら1971年にリリースした4枚目のアルバム「こわれもの」に収められた「ラウンドアバウト」がシングルカットされ大ヒットします。

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この時のメンバーはジョン・アンダーソン(ボーカル)、スティーヴ・ハウ(ギター)、クリス・スクワイヤ(ベース)、ビル・ブルーフォード(ドラム)、リック・ウェイクマン(キーボード)でした。
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1972年にはアルバム「危機」を発表し、まさにバンドとして黄金期を迎えました。
ピンク・フロイドやキング・クリムゾンなどとともに、プログレッシブ・ロックの代表的なバンドとして、名をとどろかせました。日本では「プログレ」と呼ばれていました。プログレッシブ・ロックというのは進歩的、前衛的な志向のロックという意味合いです。そのためやや難解という批評もありました。
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その後もメンバーチェンジが続き、プログレ人気も収束してバンドとしてはやや低迷期に入りました。
メンバーが変遷する中、キング・クリムゾンやエイジアに分かれていきました。エイジアは商業的に大成功をおさめます。
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そして1983年「ロンリーハート」を発表し、世界的なメガヒットとなりイエスの新たな代表曲となったのです。この頃にはプログレの殻を破り、ポップで一般的にウケる曲風に変わっていました。
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ベースのクリス・スクワイヤが2015年に亡くなり、オリジナルメンバーは不在となりましたが、現在もバンド活動は継続しているようです。
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それでは初期の代表曲「ラウンドアバウト」をお聴きください。



久しぶりに名曲シリーズ邦楽編です。

前回、前々回とグループサウンズをお送りしています。
さて、今回はワイルドワンズの「想い出の渚」です。
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もうこの曲は、皆さんよーくご存知だと思います。何も言うことがないくらい超有名な曲ですね。

ザ・ワイルドワンズは正式には加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズと言います。
加瀬邦彦がメンバーを集め結成したことが由来のようです。
鳥塚茂樹(ギター)、島英二(ベース)、植田芳暁(ドラムス)のメンバーで1966年にこの「想い出の渚」でデビューしました。するといきなり大ヒットします。
覚えやすい歌詞とメロディーはこどもからお年寄りまで幅広い年齢層から支持を得たと思います。
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1968年に渡辺茂樹(キーボード)が加入すると、当時まだ16歳というあどけなさからチャッピーの愛称で一躍大人気となりました。(一番手前)
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その後も「青空のある限り」「愛するアニタ」とヒット曲を連発しました。
どの曲も口ずさめるくらいよく覚えています。
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1971年にグループは解散しますが、その10年後に再結成されています。

2014年に渡辺茂樹さんが死去、2015年には加瀬邦彦さんが自殺でお亡くなりになっています。

残った3人で今でも音楽活動をされているようで、本当に息の長いグループです。
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それでは、「想い出の渚」をどうぞ。

前回のビートルズはイギリス出身です。そしてT・レックスもまたイギリス、ロンドン出身のロックグループです。なぜかわかりませんが、イギリスからは大物ミュージシャンがどんどん出てきます。
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このジャケ写真は強烈に印象的ですね。
彼らはなんと言っても「グラムロック」なるロックの新たなジャンルをけん引したグループです。1970年代前半、デビット・ボウイらとともに一時代を築きました。
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彼らのちょっと中性的なビジュアルが、センセーショナルでした。
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多くのヒット曲を世に輩出しましたが、僕が一番印象に残っている曲は「メタル・グウルー」です。
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1971年の「ゲット・イット・オン」のヒット(全英1位)で一躍スターダムにのし上がり、その後も「ジープスター」「テレグラム・サム」と続け様にヒットを出し、「グラムロック」グループとして一世を風靡したのです。その頃に第2のビートルズと呼ばれました。
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セカンドアルバム「電気の武者」のジャケ写真ですが、懐かしく思える方、多いと思います。
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そして1972年にリリースしたのが「メタル・グウルー」です。曲の冒頭からシャウトして始まりますが、このマーク・ボランのボーカルはとても新鮮でかっこよかったですね。

そしてその後も「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」「イージー・アクション」とヒットが続き、1973年には映画「20世紀少年」のテーマ曲でもおなじみの「20センチュリー・ボーイ」へとつながっていきました。
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しかし、グラムロックブームも1975年頃には終わり、人気は急降下していきます。そしてグループの柱であるマーク・ボランは30歳になる直前の1977年に交通事故でこの世を去ったのです。しかも恋人が運転する車の事故が原因ということで、何とも惜しまれる運命でした。

それではT・レックスで「メタル・グウルー」をどうぞ。



先回のローリング・ストーンズの「サティスファクション」が発表された1965年、人気を二分していたもう一方のビートルズは映画の主題曲としても有名な「ヘルプ!」を発表しました。
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もうこの曲に関してはほとんど何も語る必要がないほど、皆さん良くご存知の曲ですね。

中学生の頃でしたかね、当時ビートルズ映画3本立てというのがありまして、「ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」「ヘルプ(4人はアイドル)」「レット・イット・ビー」だったかな?
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「ア・ハード・デイズ・ナイト」もいい曲ですね。「ヘルプ!」もみんないい。(笑)
映画「レット・イット・ビー」で屋上で「ゲットバック」を演奏してるシーンはめちゃくちゃかっこよくて大好きです。
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ビートルズ3本立てって、ファンにはたまらないカップリングと言いますか、今思うと夢みたいなことですね。

「ヘルプ!」に話を戻します。黄金コンビ、レノン=マッカトニーの作品ですが、主にジョン・レノンによって作られたそうです。

1965年頃のビートルズは、それまでのTV出演や小さなホールでのコンサートを極端に減らし、大きな会場に大人数を集めて行う方向に変わっていったそうです。
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そして8月ニューヨークのシェアスタジアムでのコンサートが開催されました。野球場でのコンサートは今では珍しくありませんが、当時としては画期的なことでこのビートルズが世界初となったのです。
音響設備が貧弱だったこともあって、56000人の大観衆の大きな歓声で演奏はほとんど聞こえなかったそうです。しかし、そのことでメンバーが段々とコンサートに対し疑問を持つようになっていったと言います。

映画「エイト・デイズ・ア・ウィーク」でもシェアスタジアムでのシーンが使われていました。
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当時異常なほどの人気で、気が狂うほど多忙を極めていました、ジョンは曲を通じて本当に助けを求めて叫んでいたんだと後日語っています。

それではビートルズで「ヘルプ!」をどうぞ。


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