舘祐司の気ままなブログ

カテゴリ: 昔のこと

還暦記念として懐かしい写真でこれまでの人生を振り返りたいと思います。

昭和33年(1958年)名古屋市北区の近藤助産院で産声を上げました。
最初はなかなか「オギャー」の声が出なかったそうで、心配されたようです。

まずは、僕が持っている中で一番古い写真です。
1歳半から2歳ごろでしょうかね。顔がボールみたいに丸くてポチャポチャです。
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「行って来まーす」朝、幼稚園に行くときのショットだと思います。我ながら可愛いです。(笑)
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小学校5年生ごろ「海洋少年団」に入団していました。夏休みで全国大会に行った時のショットです。
隣は同級生です。
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小学校を卒業した春休みに学生服を着て撮影しました。まだ、坊主頭になる前です。初々しい。
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中学は校則で丸坊主でした。このころからロックやポピュラー音楽をよく聴くようになりました。
(MUSIC LIFEを毎月購読してました)
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高校生の頃です。たぶん修学旅行に行った時のショットです。
(月刊MEN'S CLUBを購読してました)
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同じく高校生の頃だと思います。隣は3歳下の妹です。(2015年没)
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20歳から波乗りを始め、どっぷりとのめりこんでいました。
(たぶん赤羽根海岸のロングビーチだと思います。この辺りがホームグランドでした)
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毎週の休みはいつも海にいました。

初めての海外旅行でハワイに行きました。向こうで買ったサーフボードです。(もう勢いですね)
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結婚する前、波乗り旅行で三重県尾鷲方面に行きました。
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「さあ、行くぞー」勇んで海に向かうところです。(この表情必要ないです)
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彼女の家の部屋でミッキーの帽子をかぶって。
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25歳ころから冬はスキーを始めました。
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この頃は休みの日になると、夏は海、冬は山というアクティブな時代でした。
ひとまず前編はこの辺で終了します。
後編は結婚してからです。

1958年(昭和33年)2月27日にオギャーと誕生してから、もうすぐ60年目を迎えます。

さて僕が生まれた昭和33年とはどんな年だったのでしょうか。

まずは主な出来事です。
・東京タワー完成(スカイツリーができるまでは日本一高いタワーでした)
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・1万円札発行(現在のものとは違い聖徳太子の肖像画が描かれています)
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・巨人・長嶋茂雄選手、4打席4三振デビュー
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(相手が国鉄の金田正一投手というのはあまりにも有名です)
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・売春防止法施行(ということはそれまで取り締まる法律がなかったんですね)
・フラフープ流行(やりすぎると腸ねん転になるとかいう噂があったような)
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そのほかにはロカビリーブームがあったり、チキンラーメンがヒットした年でもあります。
ちなみに2月8日は「ロカビリーの日」だそうです。
1958年2月8日に有楽町の日劇でウェスタンカーニバルが開かれたことが由来だそうです。
ロカビリーは日本のカバー曲のルーツだと言われています。

また、当時流行ったのは石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」や「おーい中村君」なんて言う曲が売れていたようです。
映画界では、邦画は「忠臣蔵」洋画は「十戒」がヒットし人気があったようです。

しかし考えてみると、昭和20年の太平洋戦争終戦からまだ13年しかたっていないわけで、よく東京タワーなど建設できたものだと感心します。


昭和39年にアジアで初めて行われる東京オリンピックに向かって、日本全体が明るい未来に向かい活気にあふれていた時代かもしれません。

さて今年もいよいよ残すところあとわずかとなってきました。
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12月は師走と言って何かとせわしい月のイメージがありますね。
カバ丸くんたちも大忙しです。
クリスマスツリー、大掃除、餅つき、年越しそばに除夜の鐘ですか…

ところで「年神様」とはいったい何でしょう?
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年神は正月に各家にやってくる来方神のことだそうです。
今も残る正月の飾り物は元々年神を迎えるためのものなのだとか。
門松は年神が来訪するための依代(よりしろ)=(対象物のこと)で、鏡餅は年神へのお供え物なんだそうです。
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ちなみに年神様は家々にやってきて生きる力や幸せを授けてくださると考えられています。

またしめ飾りを玄関などに飾りますね。
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神社にしめ縄を張るのと同じ理由で、自分の家が年神様をお迎えするのにふさわしい神聖な場所であることを示すために始まったと言われています。
みな意味があるんですね。

おせち料理なども元々、昔、正月はどこも店が開いていないため、食材を調達できないために作り置きしておくものだったのですが、今となってはスーパーなど正月早々から営業しているためそんな必要はまったくなくなってしまいました。
ただ名残として今もあり、現在は正月向けの高級料理という位置づけになりました。

話しがお正月になってしまいました。

年末に大掃除をするのも、清潔にして年神様をお迎えするためなんですね。
つまり、大掃除、鏡餅、しめ縄、門松という風習は全て年神様に関連しているということです。

そして年が明けると神社に初詣に行きます。
日本は古来より神を崇拝してきた国なんだということが改めてわかります。
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もうすぐ新しい年を迎えます。
皆様にとっていい年になりますようお願いいたします。

これも「神様に」ということになりますか?



父の名前は「和夫」という。
昭和2年生まれだから昭和の「和」をとって付けたのだろうと思われる。

おそらく世の中に「和夫」という名前の人は相当数いるに違いない。
パッと浮かぶ人で、徳光和夫さん、稲森和夫さん、志位和夫さん、財津和夫さんなどがいる。

「和」という感じはとても書きやすく、バランスのとりやすい字だと思う。
また画数も少なく、小学校低学年で習うので読めないという人は皆無だろう。

また、それと同様に昭和の「昭」の字もよく使われている気がする。

僕の小学校の同級生に「和昭」という名前の男の子がいたが、よく考えてみたら昭和をひっくり返した名前だ。

また、同級生の父親で「昭三」という名前の方がいた。
感のいい人なら、もう想像がつくかと思うが生まれ年は昭和三年だ。

他にも和男、和輝、和利、和義、良和などなど和の字を使った名前がやたら多いように思う。

女性なら「和子」さんや「和美」さんも多い。また「和枝」さんも。

それだけ「昭和」という元号に皆愛着があったということなのだろうか。
それとも名前に使いやすい漢字という理由なのだろうか。
「和」の響きがいいのだろうか。


昭和から平成に変わり「平」や「成」を名前に使っているかと言えば、ほとんどそんなことはないように思う。

この違いはいったいどこにあるのだろうか。



そんな事を思いながら、このブログを書いていると海外からニュースが飛び込んできた。

ノーベル文学賞にカズオ・イシグロさんが選出されたというのだ。

またもカズオさん?
カタカナ表記なのは彼が日系英国人だからという事だ。

昭和29年生まれだそうで彼もバリバリの昭和の男である。

本当に世の中に和夫さんが多い。
 

先日テレビのニュース番組で「マジソンバッグ」のことを放送されていました。
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「うわー、めちゃくちゃ懐かしい!」

僕らが中高生の頃、爆発的に流行したバッグです。

街を歩くと大半の学生が持っていたように記憶しています。
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ほとんど紺色が多かったのですが、白や茶というヴァージョンもあったようです。
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僕が持っていたのも紺色でした。
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そうです。このわしのマークに「U.S.A」の文字です。

何でも、バッグメーカーのACEが出した商品で、あるデパートからの依頼でこの「マジソンバッグ」が誕生したそうです。

現在の明仁天皇も中高生の頃、この「マジソンバッグ」を使用していたそうです。
ただし、「MADISON  SQUARE GARDEN」などの文字が入っていない特別注文品だったという話を当時のエースの担当者さんが話していました。

あまりに売れたもので、出回っている商品の半分くらいは偽物だったそうです。
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しかしメーカーの方も受注に対し生産が追い付かず、あえて偽物を黙認していたらしいです。

正規品が当時1500円で売られ、パチモンは800円から1000円くらいだったそうです。
現在の価格にすると大体4倍くらいでしょうか。


何のことはない普通のスポーツバッグなんですが、当時まだスポーツバッグと呼ばれるバッグがあまりなく、そのカテゴリーの先駆者的な存在だったかもしれません。

なんと言っても「MADISON  SQUARE GARDEN」の文字がかっこよかったですね。

単純に憧れのような感情が生まれていました。


ついでに思い出しました。
マジソンバッグが流行った少しあとだと思いますが、女子高生の間で「ピーナッツバッグ」の大流行もありました。
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当時の女子高生がみんな持っていたような覚えがあります。
布製のバッグにカラフルな色でスヌーピーのキャラクターたちが描かれていました。



今では、流行しているからといって皆が同じものを持つという傾向は少なくなりましたね。
昔と違って今の子たちは価値観が違うのでしょう。
一言でいうと時代が変わったということです。

昔は皆と同じものを持つことで満足感を得られているところがありました。

現代は、個性を重んじるため、逆に同じものは持ちたくないという意識が強いのかもしれません。


マジソンバッグに話を戻しますが、最近、あるお店が売り尽くしセールのようなイベントで販売されているというニュースでした。
どうやって入手したかというと、倒産した店の商品を丸ごと買った時の中にこのバッグが混じっていたそうです。
なかなかすごい話です。

懐かしき昭和の時代のお話しでした。

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