舘祐司の気ままなブログ

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お城を見るのが好きなんですが、ここ最近はとんとご無沙汰をしておりました。
そこで名古屋からは割と使いのですが、まだ一度も訪れたことのなかった犬山城に行ってきました。

流石に大型連休中ですね、すごい人出です。
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名鉄の犬山駅方面から少し歩くと「古い町並み」 という一角に来ます。犬山城下町として賑わい、この通りには様々なお店が、どうでしょう100軒以上並んでいます。この通りをまっすぐ通り抜けると針綱神社そして犬山城へとつながります。

三光稲荷神社前でパチリ。
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鳥居が連なっているところはみなさんの写真スポットになっていて、混み合っていました。
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犬山城へは階段を何段も登っていかなくてはいけません。お年寄りや足の不自由な方は大変ですね。
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さて犬山城の入り口の門のところまで来ました。入場するにも列ができていました。
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入場券を購入し、中に入り、早速犬山城をバックに記念撮影です。
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この日は天気も良く、絶好の行楽日和と言いたいんですが、それを通り越して暑かったです。 
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天守閣に上がることもできるのですが、この日は上がるのに40分待ちとなっていましたので、諦めました。

もう一度門のところでパチリ。
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お城を出て針綱神社に戻ると、御新馬として馬が祀られていました。
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参拝して御朱印をいただきました。御朱印帳は四月祭礼のこの時期限定の特別なものでした。
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令和の新元号がとても新鮮です。 
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今日はものすごい人出で、ゆっくり見ることができなかったので、また日を改めて訪れたいと思いました。写真撮り忘れましたが、城のあたりからはすぐ脇を流れている木曽川を眺めることができ、ライン大橋などの眺望を楽しむこともできます。

次回の時には、僕のお城ウォッチには欠かせない石垣もゆっくり見てみたいです。 


先回の甲府に続き、今度は高崎城の城址です。

偶然ですが、止まったホテルのすぐ近くにありました。

甲府と違い山の上ではなく、平坦なところの石垣しか残っていません。
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おそらく本丸は小高いところに築かれていたのだろうと思います。 

東門の復元が残されていました。
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その昔通用門として使われていたそうです。
火災により消失してしまいましたがその後復元されたようです。 

お堀も多分昔の状況で残されているのでしょう。
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水門らしきものです。
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左手奥の建物は 群馬音楽センターです。

以前にも書きましたが、高崎は音楽の町です。 ベースギターをデザインしたオブジェもありました。
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お城は素敵です。❤️




 

甲府に行きました。
宿泊したホテルが近かったこともあり、以前から一度行きたかった舞鶴城公園に早起きして散策してまいりました。
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JR甲府駅のすぐ近くにあります。 

城と言っても建物はありません、城跡があるだけですが石垣はしっかりと残っています。
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僕は城を見るのが好きなんですが、建物もいいですが石垣も好きです。
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だって何百年も昔にこれだけの大きな石を集め、こんなに美しく城の土台を造るなんて素晴らしくないですか? 
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また敵が簡単に侵入できないように傾斜を考えて作られているなんて美しさだけでなくちゃんと要塞としても機能していたのでしょう。

しかし、あれだけ大量の大きな石をどうやって運び、どのように積み上げたのか、本当に不思議です。

今のように重機はありませんから多くの人の力だけで造ったわけです。


敵の侵入を防ぐためなんでしょう、狭い門があります。
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案内板も瓦屋根です。
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一番高いところからの眺望です。
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真ん中にある塔のようなもの、気になりますよね。
「謝恩碑」というものでした。
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大正時代に建設されたそうで、台座を含めた高さは約30メートルあるそうです。

一番高いところの様子です。
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福山城は1622年に水野勝成を城主として築城された。
〜〜徳川家康の従兄弟である水野勝成が毛利氏など西日本の有力外様大名に対する抑え(西国の鎮衛)として備後国東南部と備中国西南部の計10万石を与えられ大和国の郡山藩から転封する。〜〜Wikipediaより
1945年(昭和20年)に空襲により天守などが焼失し、現在の福山城は1966年(昭和41年)に福山市市政50周年記念事業として復興された。鉄筋コンクリート造である。
日本の城としては、近世城郭の中で最も新しい城なのだそうだ。

僕は福山城は石垣も大変素晴らしいと思う。
日本建築においてお城ほど美しく素晴らしい建造物はないのではないか。
お城は通常見た目の美しさで語られることが多い。しかし実のところは、敵を監視し、敵から身を守る要塞なのである。殿様を最高指揮官とした基地なのだ。そのため簡単に侵入できない工夫がいたるところにされているところも興味深い。もちろんこれは福山城に限ったことではない。
まず石垣、ゆるい曲線でできているが昇るにつれ傾斜がきつくなっている。
そしてそのすぐ上からは落石で妨害できるように開口部が作られている。
また、城の周りは幾重にも堀で囲み嫌でも門から攻めなければいけないようになっている。

門もいくつか潜らないと侵入できない。うまく侵入できたとしても低い鴨居の戸をくぐらなければいけない。また、階段も急傾斜で登りにくく作ってある。わざと迷路のようにしてあるところもあるそうだ。
勢いを止める工夫がそこかしこに施してある。

先人の匠たちによる工夫と技術にはつくづく感心させられる。
現代のようにクレーンなどの機械も何もない時代にかなりのスピードで築いていることにも驚かされる。
石垣の石など建材をこの場所に運ぶこと一つとってもどれだけ労力が使われているか、想像を絶する。 

戦国の武将が集う砦かな備後の国の気高き城や

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