10月29日の中日新聞のコラムを紹介いたします。
日本が「核兵器禁止 条約」の交渉開始決議案に反対したことが書かれています。
 世界で唯一の被爆国なのに…です。

そのコラムです。
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〈ヒロシマはどこにあるのか/ヒロシマはヒロシマにあるのか…〉。そう問いかける詩がある。『原爆詩百八十一人集』に収められた風山瑕生(  かざやま-かせい)さんの「ヒロシマはわがもの」だ。
詩人はうたう。〈全ての国々は  ヒロシマを持つべきだ/…ヒロシマに水は流れ/ヒロシマに木は茂り/人々は屋根をかかげて/生きる日々に力をそそぐ/うるわしいヒロシマはきみのもの/だが  ヒロシマの始源の日をおもえ/夏の朝の惨劇もきみのもの…〉
国連で来春から、「核兵器禁止条約」を作るための交渉が始まることとなった。
「ヒロシマを持つ」。そう決意した百二十三もの国が、交渉開始の決議案に賛成したのだ。
しかし、その 
百二十三の国の中に、日本は入っていない。反対したのだ。
「(交渉の)足を引っ張らないでほしい。もしそういうことをするなら 、被爆国と言って欲しくない」。自ら被爆し、広島市の原爆資料館の館長を務めた原田浩さん(77)が口にしたという言葉が何ともやりきれない。
〜ヒロシマがあり、ナガサキがある。 そして、フクシマがある。原爆と原発。核の恐怖をこれほど知り尽くした国はないのに、この国の政府は核兵器禁止に尻込みし、脱原発にも後ろ向き。核の呪縛を解こうとしない。
世界の人々が問い掛けていることだろう。ヒロシマはどこにあるのか。ヒロシマはニホンにあるのか。 
 
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 世界の百二十三の国々は日本の行動をどのように感じていることでしょう。
おそらく理解されないのではないかと思います。日本人は「クレージー」と思われていても不思議ではありません。


僕は福島の事故以来、一刻も早く全ての原発を停止するべきだと思っています。
原発のエネルギーコストが安いというフレコミも全くでたらめであったことが明白になりました。 

実はそんなコストのことより私たちの健康に大きく関わることの方が大切です。
福島のあの地区にはもう住むことは不可能でしょう。
多くの人々が故郷を丸ごと奪われたのです。
もしも原発がなかったらそういうことにはなっていません。
「明るい未来」の文字が虚しく感じます。
 
日本の国土の中で住むことができない場所を作ってしまったことを未来の日本人にどう伝えるのでしょうか?
「ヒロシマはどこにあるのか」「フクシマはどこにあるのか」と問い掛けたくなります。

日本は地震国です。このままでは「第二のフクシマ」がいつ起きても不思議ではありません。
また、繰り返すのですか?と政府に問いたいです。
そしてそうなったとしても誰も責任を取らないでしょう。とんでもない無責任な話しです。

福島の原発が完全に収束するのにどれだけ時間がかかるか誰も予想できないと思います。
それはロシアのチェルノブイリの例を考えればわかります。

人類はコントロールできないものをコントロールできると過信したため、そのツケが回ってきているのではないかと思います。 

ドイツは2022年までに脱原発を決めています。ドイツができるのなら日本もできると思います。


日本の政府は、永田町か霞ヶ関が被爆しない限り「核禁止」に舵を切ることはないのでしょうか。
でもそうなってからでは「時すでに遅し 」だと思いますが。