人生のうちで一度くらい「喪主」という立場になることがあります。
両親や近親者が亡くなった時、いやでもその役目を果たさなければいけない場合があります。

僕も18年ほど前でしょうか、父が亡くなり喪主を務めた経験があります。
死亡の通知を受け、まずは病院に行き、医者から経緯など説明を受けた後、死亡診断書を受け取ります。その後、葬儀社あるいは葬式の場所を決めなければなりません。
あらかじめ決まった業者があれば、そこに連絡すればいいのですが、それがない場合は病院から紹介を受ける場合もあります。

故人の住所がある役所に死亡届を出して、死体火葬許可証をもらいます。これがないと火葬することができません。ここまでは速やかに行うことが必要です。

葬儀業者が決まれば、そこの担当者が来て祭壇や供花、供物など詳細に葬儀の内容を決めていかなくてはいけません。日柄の関係もありますが、大体翌日がお通夜となることが多いです。
お通夜の前に「納棺の儀」と言われる儀式があります。これは身ぎれいにして死装束(しにしょうぞく)に着替えて、故人が浄土への旅支度をする儀式です。(はじめての葬式@より引用)
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遺族の希望により「湯灌」といって故人の体を洗い清めることもあります。
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死装束は白い装束を身にまといますが、なぜ白なのかということについては、日本では古来より紅白の色の組み合わせに特別な意味を持たせてきたようです。紅白幕や紅白饅頭などがその例です。紅=赤色は赤ちゃんなど出生を意味し、白色はその逆で別れや死を意味するそうです。

死装束は仏教式の慣習ですのでキリスト教ではありません。また、仏教でも浄土真宗は死者があの世へ行くことを説いていないので死装束を着せることはありません。

この納棺の儀は親族だけで行われますので、悲しいですが死を受け止め、故人とゆっくり過ごせる唯一の時間といってもいいかもしれません。

お通夜式が始まると参列者の接待に追われます。通夜式が終わった後も、通夜振る舞いなど故人と親しかった友人や親族が残って、昔の思い出話などで別れを惜しみます。

それらがすべて終わると、ようやく解放されます。風呂に入ったり簡単に食事したり少し自由な時間が取れます。線香の火が消えぬよう交代で就寝します。

やや寝不足のまま、翌日は告別式となります。式が始まるとまた参列者の接待に追われます。
式が終わるとそのまま火葬場に向かいます。棺を炉の中に入れた後、1時間から1時間半ほど待ちます。
その待ち時間も飲み物やお菓子など気配りが必要になります。
火葬が終わると、遺骨の拾い上げをし、骨壺に収めて持ち帰ります。

葬祭場に戻ると、たいてい初七日法要をします。法事が終わると皆さんに食事を振舞います。
それが終わると大きな仕事は終わりとなります。ある程度の緊張感の中行事が進んでいくため、結構疲れます。ここまで来ると「あーやれやれ」というのが本音だと思います。正直なところ悲しんでいる暇がありません。

その後も四十九日法要や初盆、1周忌と1年くらいの間は法事が続きます。
なかなか大変ですが、人生の中でそうあることではありません。これも一つの人生経験だと思えば、どうということはないです。大切なことは、儀式とかではなく故人への思いではないでしょうか。

それぞれの心の中に思い出はあります。
例えば、故人の写真や映像を見て懐かしむということはきっとあるでしょう。
不謹慎と言われるかもしれませんが、遺骨や位牌に何も感ずるものはありません。

親族の死は悲しいことですが、誰しも必ずその時は訪れます。この前の樹木希林さんではありませんが、死の宣告を受けても、生かされている時間を大切に人生を楽しむ、そんな風に人生を終えられたら素晴らしいと思います。