書店の古本コーナーでこの「定年ゴジラ」のタイトルに目が止まりました。
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10年前ならスーッと流しているかもしれませんが、やはり年齢なんでしょう、「定年」 と「ゴジラ」の組み合わせにも興味を惹かれたのかもしれません。

この小説の主人公は山崎隆幸さん満60歳、42年間勤め上げた都心の大手銀行を定年退職したばかりです。

「もう会社に縛られることもなく、これから自由で気ままな第二の人生が始まるのだ」と勢い込むのですが、実際のところ、やることがなく時間を持て余しています。
せいぜい近所周りを散歩することを日課としていますが、これも退屈な日々を送っていました。

住まいは一戸建てで、くぬぎ台ニュータウンというところなのですが、都心から電車で約2時間と東京とは言え西の外れに位置しています。

ある日散歩から戻った山崎さんが奥さんに「この街って何にもないんだな」 と愚痴ります。「何にもないからいいんだって言ったじゃない」奥さんは笑います。「こういう静かなところが一番安らぐんだって、子供のためにもいいんだって」その通りだったのです。

ある日のこと散歩中に同じ定年組の仲間ができます。 大手電鉄会社に勤務し、このくぬぎ台ニュータウンの開発に携わった、藤田さんです。
その後少し先輩の町内会長を務める古葉さん、単身赴任が長かったため浦島太郎状態の野村さんらと仲間が増えていきました。

山崎さんは娘が2人いましたが、長女は結婚して家を離れ、時々孫を連れて遊びにやってきます。孫ができてから「お父さん」 から「おじいちゃん」に呼び名が変わったことがちょっと引っかかっています。

次女はこの春就職して東京で一人暮らしを始めました 。どうせすぐに寂しくなって戻ってくるだろうとタカをくくっていましたが、ほとんど家に戻ってくることなく、時々奥さんと電話でひそひそ話をしているのが気になっていました。

そんなある日のこと、次女に付き合っている男性がいることが発覚します。
しかも、妻子ある男性で離婚して一緒になるつもりだということがわかります。
それを知った 山崎さん、いろいろなことが頭の中で渦巻きます。

そしていよいよその男性と会う日がやってきますが、そこで事件が起こります…。


山崎さんの故郷は新潟県の山あいの村です。
幼少時代仲の良かった通称「チュウ」 の悪い噂を耳にします。寸借詐欺のようなことをして同級生が被害に遭っているから、お前も注意したほうがいい、と。

「チュウ」 の家は貧乏でした、それを哀れんで山崎さんの母親は家に遊びに来た時、よく食べ物をあげていました。だんだん慣れてきて山崎さんが不在でも家に上がり込んで母親と親しくするほどでした。
山崎さんはそんな「チュウ」 がだんだんと疎ましく思えてきたのでした。
〜そんなことがあったなあ〜と昔懐かしく思い出に浸っていると、我が家にチュウが訪ねてきたのです。

山崎さんが二十歳の時のことです、母親が上京したことがありました。その案内役でチュウが一緒に来るというのです。

山崎さんは母親に対して優しくできませんでした。そして母が故郷に戻ったわずか1カ月後で脳溢血で亡くなってしまったのです。心にモヤモヤしたものが残っていました。

そんなことをチュウと喫茶店で話しているうちに、コーヒーのおかわりをするため山崎さんが1万円札を出しました。チュウが「僕が買って来る」と言ってその場を離れ、戻ってきませんでした。

呆然とする山崎さん、でも不思議に怒りも悲しみも湧いてこなかったのです。
〜40年間の思い出を思い起こさせてくれて、良かった。
「まいったなあ、あの野郎、ふざけた真似しやがって…」故郷の同級生たちも、そんなふうに思っていたのだろう。胸の奥の40年分の苦味が消えた。チュウのおかげだ。〜
 その夜の晩酌は普段より酔いが早くまわったのです。
「…いかにいます、ちちはは、つつがなしや、ともがき」「故郷」(ふるさと)という歌がふと頭に浮かんだのです。


山崎さんはちょうど今の僕と同じ60歳という設定で娘が2人というところも同じです。
ただ山崎さんは昭和11年生まれですから22歳も年上になります。そこは少しジェネレーションの違いは感じます。
自分の住まいや地元の仲間、娘の結婚など共感する話題が多く、とても身近に感じ取れます。

全7編の短編に「帰ってきた定年ゴジラ」 を加えた1冊となっています。
これは前作から3年後のお話で山崎さんがパソコン相手に苦戦します。
 
重松清さんと言えば、以前ご紹介した「流星ワゴン」 の作者でもあります。
1963年生まれで、この作品を書いた時はまだ若い時期ですが、自分の父親のことを思いながら書いたそうです。

この「定年ゴジラ」は山崎さんを中心とした家族の微妙な関係性が随所に見られます。

昭和11年生まれの方々は戦後の日本を立て直して来られた世代です。
ニュータウンに一戸建てを建てるというのが一種のステータスだった時代です。
それこそ家庭を顧みず、頑張って働いてこられたと思います。
そして定年退職した後の空洞感と言うのでしょうか。
さあ自由にしていいんだよというステージになっても 、いざなってみるとどうしていいのかわからない、少し気の毒な男たちを表現されています。

還暦過ぎた方にはオススメの1冊です。 
お父さんたちの悲哀や苦悩を楽しく描いています。