福山城は1622年に水野勝成を城主として築城された。
〜〜徳川家康の従兄弟である水野勝成が毛利氏など西日本の有力外様大名に対する抑え(西国の鎮衛)として備後国東南部と備中国西南部の計10万石を与えられ大和国の郡山藩から転封する。〜〜Wikipediaより
1945年(昭和20年)に空襲により天守などが焼失し、現在の福山城は1966年(昭和41年)に福山市市政50周年記念事業として復興された。鉄筋コンクリート造である。
日本の城としては、近世城郭の中で最も新しい城なのだそうだ。

僕は福山城は石垣も大変素晴らしいと思う。
日本建築においてお城ほど美しく素晴らしい建造物はないのではないか。
お城は通常見た目の美しさで語られることが多い。しかし実のところは、敵を監視し、敵から身を守る要塞なのである。殿様を最高指揮官とした基地なのだ。そのため簡単に侵入できない工夫がいたるところにされているところも興味深い。もちろんこれは福山城に限ったことではない。
まず石垣、ゆるい曲線でできているが昇るにつれ傾斜がきつくなっている。
そしてそのすぐ上からは落石で妨害できるように開口部が作られている。
また、城の周りは幾重にも堀で囲み嫌でも門から攻めなければいけないようになっている。

門もいくつか潜らないと侵入できない。うまく侵入できたとしても低い鴨居の戸をくぐらなければいけない。また、階段も急傾斜で登りにくく作ってある。わざと迷路のようにしてあるところもあるそうだ。
勢いを止める工夫がそこかしこに施してある。

先人の匠たちによる工夫と技術にはつくづく感心させられる。
現代のようにクレーンなどの機械も何もない時代にかなりのスピードで築いていることにも驚かされる。
石垣の石など建材をこの場所に運ぶこと一つとってもどれだけ労力が使われているか、想像を絶する。 

戦国の武将が集う砦かな備後の国の気高き城や