舘祐司の気ままなブログ

2019年09月

映画「ロケットマン」を見てきました。
この映画はイギリスが生んだ偉大なロックミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描いたものです。
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タイトルの「ロケットマン」はシングル曲の「ロケットマン」から取っていると思います。何かしら意味があるのだろうと思いますがもう一つその意図は不明です。
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映画は奇抜な衣装を着たエルトンが何人かの人に自分の人生を語るところから始まります。

いきなりミュージカル仕立てでどうなることかとヒヤヒヤしました。(笑)
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幼少期から音楽の才能を持った レジー少年は親の愛を受けられずに育ちます。そしてピアノに出会い音楽の世界に目覚め、ロックミュージシャンをめざします。

曲は書けるものの、詩を書けずにいたエルトンですがバーニーという作詞家に出会います。この出会いこそが世界的なロックミュージシャン「エルトン・ジョン」の成功の大きな要因となるのです。
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(本物のエルトンとバーニー)

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エルトンとバーニーはよほど気があったのか、二人で曲作りに没頭していきます。バーニーが書いた詩にエルトンが曲をつけるというパターンです。
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ある日の朝、いつものようにピアノに向かって曲を作っていると、素晴らしいメロディが降りてきました。そうですあの名曲「Your Song」が誕生したのです。この曲がだんだんと出来上がり歌い上げるシーンは、自然に涙が溢れていました。ボヘミアン・ラプソディの時もそうですが、音楽には人を感動させる不思議な力があります。そして、1970年に世の中にリリースされ瞬く間に大ヒットします。
その後アメリカに進出し大成功を収め、世界的なスターにのし上がりますが、私生活ではだんだんと苦悩の日々が始まります。酒、ドラッグ、セックスに溺れていきます。彼は同性愛者だったのですがカミングアウトできずに苦しんでいました。

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ビッグアーチスト達は、何故同じように酒や薬の依存症になってしまうのでしょうか。映画を見ていて、クイーンのフレディ・マーキュリーとそっくりだと思いました。あのエリック・クラプトンもそうでした。
以前両方の映画を見て、ブログにあげています。ボヘミアン・ラプソディエリック・クラプトン〜12小節の人生
 
エルトン・ジョンも酒と薬漬けのどん底の状態に陥りました 。そんな時彼の支えになったのは、エルトンの最高の相棒であるバーニーでした。そして更生施設に入り、復帰を目指します。映画はここで終わります。

映画を観た感想は、「観て良かったです」彼の人間関係や自分が親からの愛情を受けずに育った苦悩など、知らなかった事実がわかりました。そして盟友バーニーとの固い絆は心を打たれました。

 それにしても、エルトン・ジョン役のタロン・エガートンは演技だけではなく多くの歌も歌い上げ見事というしかありません。「ボヘミアン・ラプソディ」のフレディ・マーキュリー役のラミ・マレックも良かったですが、それ以上にハマっていました。
映画の最後に今回演じた俳優さんと実際のエルトンとの写真が並べて出てきました、その中で幼少期を演じた子役の顔がほとんど瓜二つだったのは最期のサプライズでした。
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エルトン・ジョン(左)と演じたタロン・エガートンです。

また、ミュージシャンの映画を製作してほしいと思います。
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それでは名曲「Your Song」をエルトンご本人とタロン・エガートンのデュエットでお聞きください。
 

熊本駅で地元のいいものを買ってきました。

まずは、油いため高菜のしょうゆ漬けです。
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たくさん種類がありましたが、お店の方に一番地元の方に食べられているものを聞き選びました。

熊本のお土産では定番中の定番、「武者がえし」です。
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そして武者がえしと双璧とも言える「本丸」 です。
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中身はこんな感じであんが餅に包まれ黒ゴマの味がとても香ばしいです。
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「五十四万石」 です。
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ちょっと面白い形ですね、こちらもあんが餅に包まれています。本丸よりも甘いです。
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3つとも「お菓子の香梅」という会社の製造です。

最後に「阿蘇ミルクのラスク」これは熊本らしい土産品ではないと思いますが、「阿蘇ミルク」の文字にちょっと惹かれて遊びで買ってみました。
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久しぶりに熊本へ出張です。

東海道新幹線から博多で九州新幹線に乗り換えます。
九州新幹線つばめの車内ですが、ウッディーで暖かい内装が特長的です。
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途中車内アナウンスで「なんとか名古屋 」って聞こえました。何だろうと思うと「ちくごふなごや」という駅でした。感じで書くと「筑後船小屋」です。
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さて熊本駅に到着すると、くまモンが出迎えてくれます。
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売店には所狭しとくまモングッズが並んでいました。さすが地元です。
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そして各種お土産品もくまモン仕様になっています。とことんくまモン推しで振り切っているところは気持ちいいですね。
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新しい熊本駅の表玄関です。昔とは随分変わりました。
なんか都会的なデザインです。
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駅前の市電乗り場まで屋根が繋がっています。
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今回の目的は新しい葬祭会館の竣工検査の立ち合いです。
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ここ熊本中央会館はユウベルグループの熊本市内では10番目の施設となります。
最近では、家族葬と言われる小規模なお葬儀が増えています。そのようなニーズにも対応した式場を完備しています。もちろん従来の一般的な規模で行われるお葬式の式場もあり、お客様のあらゆるニーズに応えています。
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親族控室に子供専用の部屋があったのが新鮮でした。今まで見たことありません。キッズランドを経営されていることからこのような発想になったのだと思います。
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小さな椅子がとても可愛らしいです。 
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熊本市は人口が約74万人と九州では福岡市(153万人)北九州市(96万人)に次ぐ3番目の大きな都市です。町中では市電と市バスの往来をよく見かけます。車の交通量も大変多い印象です。

熊本と言えば、2016年に大きな地震の被害にあいました。熊本城をはじめ多くの寺社が倒壊したことも記憶に新しいです。僕もその直後ブログに書いています。熊本地震に思うこと
阪神淡路の時や東日本を襲った地震とほぼ同じ規模の大地震でした。

偶然ですが、この震災の数年前に熊本城内を見学しました。新しく建造された城と昔建てられたままの木造の城があり、どちらも中に入って上層部まで登った思い出があります。

今、懸命に修復作業が進められていることと思います。いずれまた、熊本城を訪れてみたいと思います。


台風15号の被害から11日目になりましたが、いまだに3万戸以上のご家庭に電気が通じていません。
被災にあわれた方々には、本当にお見舞い申し上げます。
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このような長期間の停電というのは、ここ最近では聞いたことがありません。
そのくらい日本のインフラはしっかり整っていて世界の中でもトップクラスだと思っていました。ところが、一つの台風でこれだけの被害が出るとは思いもよらぬものです。
東電はもとより自衛隊やボランティア、自治体の皆さんなど懸命の復旧作業が行われていることだと思い、頭が下がる思いです。
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そんな中、大変悲しいニュースも聞こえてきます。
屋根を修理するという名目で高額な請求をする業者が横行しているそうです。
また、電気が来ていない信号機のために使っている発電機が盗まれるというニュースも出ています。
避難所に避難している留守宅に忍び込む空き巣の被害もこのような時に必ず発生しています。
復旧作業などで警察が手薄なところを狙う非常にあくどいやり口です。そんな、傷口に塩を塗るような行為は絶対に許されるものではありません。こういった災害が起こるとそれにつけこむ本当に極悪非道な人たちがいることが大変残念で仕方ありません。

災害時に、脚光を浴びるのが人と人との協力する姿です。自然にコミュニティが生まれ、助け合いながら生き抜く姿は美しくたくましいです。
そんな時、いろんな知恵も生まれます。簡単に明かりをとる方法や、食器を洗わずに使いまわす方法、簡易トイレの設置などがあります。

中でも今の時代を象徴しているなあと感心したのが、電気自動車の活用です。電気自動車のバッテリーから電気を引き、お店のレジを使えるようにし、停電状態の中でもものを販売できたという事例です。20190905-00010000-hokkaibun-005-2-view
これはセコマ方式と呼ばれているそうです。2018年に北海道で起こった地震による大規模停電の際に、多くの店舗が営業できなくなりました。
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その時、セイコーマートだけは、営業することができたと言います。電気自動車を活用すると言っても、そのための変圧器や電気コードが必要です。セイコーマートでは万が一の時に備え「非常用電源セット」を各店に配備していたそうです。
災害時には、水や食糧がまず問題になります。そういったものを扱うお店はセコマ方式を見習っていただけると、助かります。

自然災害をなくすことはできません。しかし、災害になった時を想定し、準備することはできます。
「防災」ではなく「減災」を考えようというのが最近の考え方です。
自宅からの避難場所くらいは、頭に入れておく必要はあります。
また停電になった時のことも想定しておくと万が一の時に役に立つでしょう。

ここ数年、毎年日本のどこかで大きな災害が起きています。明日は我が身だと思っておいた方がよさそうですね。


少し前のことになりますが、先月出張で福島県勿来から仙台に移動しました。
当初、常磐線でまっすぐ北に向かって、仙台に行けばいいと考えていたのですが、これが大きな間違いでした。名古屋駅で切符を購入するときに初めてわかったのですが、常磐線は東日本大震災から8年経った今でもまだ不通の区間があるのです。富岡駅と浪江駅の間がまだつながっていません。
JR東日本により富岡駅から原ノ町駅までバスの代行運転があるのですが、本数が少なく、時間も非常にかかります。
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調べてみると一番早い移動手段は、いわき駅まで常磐線で行き、そこで高速バスに乗り換え郡山駅まで行き、さらに新幹線に乗り換えて仙台に行くというルートでした。

このバスは初めて乗ります。いわき駅から郡山駅まで所要時間は約90分です。
車中で撮った写真です。最前列の席に座れたので視界は抜群です。
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座席前のポケットには、小冊子がありました。飛行機や新幹線のグリーン席みたいですね。
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地域のグルメスポットなどが紹介されています。
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少しうたたねしているうちに郡山駅に到着し、ようやく新幹線に乗り換えです。切符の変更で窓口に行ったのですが、そこで結構手間取り15分ほどかかって、仙台に到着したのは午後8時過ぎのことです。勿来駅を4時40分ごろ出発して3時間40分ほどかかりました。
なかなかしんどい移動でした。

福島の方々はまだまだ交通網が整備されてなく、ご不便をされていることがあるということがわかりました。一体この状態はいつまで続くのでしょう。
先ほどの不通の区間は、事故のあった原発に近く、現在でもまだ放射線量が高いそうです。
線路や駅などの復旧工事が進まないのはそのせいもあるのでしょう。

その昔、原発は電気を作るコストが火力などに比べて安いということが売りでした。しかし、それは大きな間違いだということが世界中に知れ渡りました。なおかつ、原発を存続させようとする政府の考え方はまったく理解できません。東日本最震災が起こった直後にドイツのメルケル首相はいち早く脱原発を宣言されました。日本に比べて地震の少ないドイツでさえその判断を下したのです。それはスピーディーで大英断だと思います。何年先かわかりませんが、きっとこの決断は称えられることになると思います。それに比べてわが日本はまだ原発にしがみつこうとしています。何を守ろうとしているのか、国民の安全をどう考えているのか、日本中の国民が安心して暮らせる国にしてもらいたいと思います。

先日新しい閣僚が発表され、環境大臣に任命された小泉進次郎氏が「原発をどうやったらなくせるのか、どうやったら事故の恐怖におびえることなく生活できる日本を描けるかを考え続ける」と発言されていました。そして「明日、福島に行きます」「しっかり働きたいと思います」と精力的に答えていたのが印象に残りました。復興大臣政務官という立場も兼務しつつ、日本のある意味一番深刻な問題に取り組まなくてはいけないわけで、小泉氏の試金石となることは間違いないと思います。
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これから原発に対する政策がどのように変わるのか、大いに期待したいと思います。



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