舘祐司の気ままなブログ

2019年07月

7月21日に参議院議員選挙が投開票され、自民・公明両党で改選議席数を上回る結果となり、一応勝利という形になりました。また、野党では立憲民主党が17議席を獲得し野党第1党になりました。
また、投票率が50%を割り国民の半分の意見しか反映されていないという問題も取りざたされています。

今回気になったことは、比例代表で「れいわ新選組」が2議席「NHKから国民を守る党」が1議席を取ったことです。メディアの露出が少ないせいか、この両党はどんな政党なのかよくわかりません。
今日のタイトルを「N国党とは?」とさせてもらいましたが、「N国党」って何??って思いました。
「NHKから国民を守る党」の略称だそうですが、なんだか不気味な感じがします。
そこで、少し調べてみました。
党首は元NHK社員の男性です。NHKの受信料の不払いを推進しておられます。2013年から立ち上げ活動されているようです、まったく知りませんでした。勉強不足ですみません。
そして地方議会などでは議員さんが何名もすでに当選されています。関東地区が多いです。

公約と言えば「NHKをぶっ壊す」みたいなことのようで、そのほかの例えば消費税や年金の問題とか、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮などとの外交問題など大きな政党が掲げることとはかなりギャップがあるように思います。
いよいよ参議院の国会議員が誕生したわけです。国会の場でどんなことを語るのか注目です。与えられる時間は短いと思いますが、NHK批判をされるのでしょうか。最も気になるのは、その模様をNHKは公平に中継するのだろうか、ということです。自分に都合の悪いことをカットすれば大批判を浴びることになりますから、普通に中継せざるを得ないと思いますが、関係者は複雑な思いで全国に放送しなければなりません。民法はそれを面白がってニュースで流したりするんでしょうね。
NHKはそれほど問題があるのでしょうか。もし問題があるとすれば、これまでなぜ放置されてきたのでしょうか。それとも声を上げる人がいなかった、もしくはそういう人に何らかの圧力がかかって潰されてきたのでしょうか。

この党のHPを見ると面白いことがいろいろと書かれています。
例えばNHKの集金人の対処法として、「NHKから国民を守る党」のNHK撃退シールを玄関に貼っておけば集金人は訪問に来ないそうです。
また、NHKから受信料不払いで訴えられる確率は非常に低いと言っています。受信料の時効は5年という判決が出されており、NHKとは会わない、話さない、関わらないようにしてくださいと言っています。
また、そのほかにも反社会的勢力とのつながりなどにも言及しています。大相撲中継がそれに大きく関与しているそうです。一般的には知られていませんね。
携帯電話やカーナビについているワンセグ機能というものがあり、テレビ放送を見ることができます。それについても受信料が発生するのかどうかで裁判で争われた結果、支払い義務があるという判決が出ています。どちらもテレビ番組を見ることが目的ではなく付属的についてるだけで、または全く使用していなくても支払わなくてはいけないそうです。何となく納得がいきません。だから最近ワンセグ機能が外されているんでしょうか。

N国党によれば現在NHKの受信料を支払っているのは国民の約50%だそうです。
この党首は以前NHKだけ見れないようにする装置をテレビに取り付け、受信料を払わなくて良いということを正当化して裁判で争いましたが、これも敗訴しています。
装置を外すことが可能だというのが理由だったようで、その機器を溶接して再度臨みましたが覆ることはなかったようです。

この党が議席を確保したことで、社会にどのくらい影響があるのか、まだわかりません。
何も変わることはないのかもしれません。今後気にし続けていきたいと思います。


梅雨時期はどうしても部屋の中がジメジメします。布団を干したくても、雨が続いてなかなかできません。そんな時に重宝するのが、布団乾燥機です。

一口に布団乾燥機といってもいろんなタイプがあります。
昔からあるのが、マット式と言われるもの。
そしてホース式といって本体からホースが伸びているタイプ 。

購入するのにあたりいろいろと調べて、そのどちらでもないタイプのモデルを選びました。
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風がでる部分が折りたたまれているタイプです。

使うときには、送風部分を回転して伸ばします。
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そして布団に差し込むだけで準備完了、あとは電源を入れ、お好みのコースを選択すればほかっておくだけ、外出しても構いません。
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コースにより60分から120分ほどで乾燥が完了します。実に簡単で使い勝手が良いです。

乾燥後の布団に入るとサラサラして実に快適です。この体験をすると乾燥せずにはいられません。やみつきになります。

このモデルを選ぶにあたり、ネットで調べました。マット式はマットを敷くのが少し手間だという意見がありました。ホース式は長い間使っているとホースが破れたりするようです。

ということを踏まえて、そのどちらでもないこのモデルを選んだのです。

本体を差し込んだ後、送風口の両端を手で押さえるといいみたいです。
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送風前と送風中の写真、布団が膨らんでいるのがわかりますか?
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横からみるとこんな感じです。
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とにかく使ってみて驚きました。
これはおススメですね、布団以外にも洗濯した衣類とか、雨で濡れた靴などの乾燥にも使用できます。
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意外な優れものに出会いました。

 

15日から更新がないまま、5日間過ぎてしまいご心配していただいている方がいらっしゃるかもしれません。・・・たぶんほとんどいないと思いますが(笑)

健康状態に問題がある訳ではありませんので御心配には及びません。

仕事で出張が続き、なかなか時間が取れずにずるずると日日だけが経ってしまいました。

また、明日から気持ちを新たに取り直して、ブログを書くつもりです。

ただそれだけのブログで申し訳ありません。それでは今回はこの辺で失礼します。

イギリス出身バンドのご紹介を続けています。

今回は、イングランドの出身のムーディー・ブルースです。曲は1971年リリースの「ストーリー・イン・ユア・アイズ」(邦題:愛のストーリー)です。
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この曲は7枚目のアルバム「童夢」からのシングルカットです。
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このアルバムジャケットは実に懐かしいですね。
ムーディー・ブルース、結成は1964年とかなり歴史あるグループです。
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前回のイエス同様、プログレバンドの草分け的な存在として知られていますが、もともとはそういった前衛的な音楽志向ではなかったと言われています。
1967年にメンバー2人が脱退し、ジョン・ロッジとジャスティン・ヘイワードを迎え入れたところから、電子楽器を駆使した前衛的な音楽へと変貌を遂げます。
その当時からオーケストラとの競演を実現し、新しいロックに挑戦していたようです。
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僕は1970年から71年当時のことくらいしか記憶にありませんが、何となく大人のバンドと言うイメージがありました。同じ頃、ツェッペリンやディープ・パープルなどハードロックバンドがもてはやされていた時代です。プログレバンドとなると前衛的なので、どうしてもやや奇怪な音楽に映ってしまうんですね。そんな感じところからアダルトなイメージがしてたのかもしれません。
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ではムーディー・ブルースの絶頂期ともいえる1971年「童夢」からのシングル「ストーリー・イン・ユア・アイズ」をどうぞ。




一夜明け、最後のお別れの時が近づいてきました。
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まず、故人をしのんでお別れビデオの放映です。
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若かりし日の平松さんです。
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葬儀が始まり、読経を聞きながら、平松さんとの思い出が蘇ってきました。
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僕がこの会社に入社以来、約27年間平松さんと仕事を共にしてきました。もちろん生涯で一番長く時間を共有してきたことは言うまでもありません。
入社から3年もすると、一人前とはいえないまでも自分で考え、行動できるようになってきます。すると、意見のぶつかり合いも生じます。平松さんは従来のやり方を踏襲したい、どちらかというと保守的な考えの持ち主でした。そして僕は、その反対で新しいものを見つけると試してみたい、使ってみたいという思いが抑えられません。当然意見が対立します。互いに納得がいくまで議論しますが、大抵の場合、最後は僕の意見に落ち着くことが多かったように思います。今思えば平松さんが譲ってくれていたのだと思います。何度も何度もけんけんがくがくやりあったことが懐かしく思います。
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平松さんは温厚な人柄で、いつもニコニコしている方ですが、実は頑固な面もあります。そしてマイペースなところもあります。ぶつかり合いはたくさんありましたが、感情でやっているわけではなく、あくまでも仕事の上のことです。僕を信頼してもらい 、僕のことをとても立ててくれていたことは感謝しかありません。
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平松さんは一言で言うと「ザ・職人 」でした。どういうことかと言うと、人に指示してやらせるより自分でやってしまうタイプなんですね。なので、事務所にいるのではなく現場に行きたがる習性がありました。仕事量が少ないうちはそれでもよかったのですが、だんだんと仕事量が増えてくるとなかなかそう言うわけにもいきません。部下に任せたり、工事業者さんも地元だけではなく、広範囲に依頼する業者さんを広げていく必要が出てきたのです。その提案をすると快く承諾していただけたので、現在につながりました。

マリエール岡崎という結婚式場が新築オープンした時のことです。会社内の事情を鑑みて社長が、平松さんを制作の現場管理業務にシフトしたことがあります。当の平松さんも大変だったと思いますが、それまで両輪で回してきた僕の方も片輪 失うわけですからそれは大変でした。社長からこの相談を受けた時、一瞬考えましたが、もう社長の腹は決まっているようでしたので、これは何が何でもやるしかないと僕も腹をくくりました。単純に仕事が2倍になるイメージです。ですからとにかく効率を上げることを考えました。経験の少ない社員にも大きな仕事を任せるという大英断をしたことも何度かありました。任される社員も大変ですが、任せる勇気も大変でしたがそんなことは言ってられないほど多くの仕事を抱えていました。
しかし、「案ずるより生むが易し 」小さな問題はあってもほとんど皆うまくこなしてくれました。そのおかげで社員も僕も大変勉強になり、成長できたと思います。

とにかく忙しい時代でした、めまぐるしい 毎日を送っていましたが、泣き言は言いませんでした。よく高い山ほど登った時の満足感が大きいと言いますが、まさにそんな気持ちです。一つ一つ案件をこなしていくことで不安な気持ちが少しずつ自信に変わっていきました。

そのタイミングをきっかけに、リーダー役が変わり、平松さんが戻ってもリーダーとしてやらせていただきました。平松さんには影になり日向になり支えていただけたことは一生忘れません。
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4年前に会社を完全退職されてからは、不治の病との戦いの日々だったようで、ご本人も奥様も大変だっと伺っています。68歳と早すぎるお別れですが、神様はもう楽になりなさいとお二人に思われたのかもしれません。
どうぞ安らかに、お眠りください。
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今の自分があるのも平松さんのおかけだと感謝しています。27年間、本当にありがとうございました。
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