舘祐司の気ままなブログ

2018年08月

前回に続き今年2回目のトマト狩りです。約1月ぶりです。
いつもの下呂の杤本農園さんです。
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今年は空梅雨だったり、豪雨だったり、猛暑だったりとめまぐるしく天候が変わります。
もう記憶から消えつつありますが、冬は非常に厳しく雪の多かった冬でした。

冬が寒いと夏が暑くなるとよく言われますが、その典型的なパターンかもしれません。
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トマトをもぎりながら杤本のお兄さんのお話しを聞いていましたが、生き物を育てている農家の方々にとっては、大変難しい年だったようです。
雨がなくてもダメ、多くてもダメ、日光もしかりです。程よくバランスがとれているのが理想ですが、自然はなかなかそうはいきません。
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ここではビニールハウスの中で育てていますが、雨に当たると痛んでしまうからだそうです。しかし、台風が来るとハウスが壊れてしまうため、開放しなくてはいけません。すると雨にあたりトマトが痛んでしまうのです。
今年の夏は猛暑で、例年に比べ水を多くやらなくてないけなかったようです。そのためやや味が薄めになっていたのですが、ここのところ回復してきたと言っていました。
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今シーズンは9月中旬くらいまでで終わりになる予想だそうです。 
とすると、今回が今年の最後となりそうです。また来年来ますと言って杤本農園さんを後にしました。 
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ママス&パパスはアメリカ出身のフォークグループです。
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1965年デビューから第2弾として「夢のカリフォルニア」を発表し大ヒットしました。
もちろんリアルタイムでは知りません。だってこの時7歳ですからね。
3枚目のシングル「マンデー・マンデー」で全米1位を獲得しています。

僕にとってこの曲の思い出は、1979年公開された映画「カリフォルニア・ドリーミング」のメインテーマ曲として使われたことでした。
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映画の内容は他愛もない、カリフォニアの日常を描いたものでしたが、サーフィンが物語の中心に展開していたことで見に行きました。
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この当時21歳で、バリバリにサーフィンに夢中だった頃です。
ですから、映画のストーリーよりも波乗りのシーンにばかり目が行っていたように思います。

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この頃、カリフォルニアとかハワイなどサーフィンのメッカには漠然と憧れてなあ。

それではママス&パパスで 「夢のカリフォルニア」をどうぞ。

東京出張のついでに、エンディング産業展を覗いてきました。
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祭壇を生花ではなくペーパークラフトのお花で飾り、そこに映像や照明で演出するという提案のブースが目に留まりました。
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従来型の祭壇の場合、映像をのせるのにマッチングがイマイチです。
このような新しい祭壇ですとその問題が解消されます。
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また、祭壇を変更することは大変ですが、映像コンテンツなら比較的容易に変えることができます。四季で変えたり、故人の好みで選ぶようなことも可能です。

この会社はまだ社歴が浅く、その分チャレンジ精神を感じられます。 

その他で興味を持ったのは、お寺のドローン空撮の提案です。
寺社仏閣の建物は、とても歴史の古いものや、建築物として非常に素晴らしい建物が沢山あります。
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通常の人の目線では見ることのできない高さやアングルから見るお寺は普段とはまた違った感覚となり、新鮮に映るのではないかと思います。

提案も面白いですが、ミニチュアの模型も可愛らしくて面白かったです。
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他では、新しいタイプの墓石の提案が いくつかありました。
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恐竜を模した花祭壇です。
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展示会だけあって、大胆な提案がいくつか見受けられました。 

メディアも何社か取材しているところを見かけました。

葬儀の変化を世の中に発信しています。24日まで開催予定です。
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22日東京のベルクラシック東京にて全互協の創立45周年記念祝賀会が行われました。
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新しく会長に就任されました山下会長のご挨拶から始まります。
フレッシュなイメージでとても力強いスピーチでした。

駆けつけていただいた国会議員の先生方からも一言ずつご祝辞をいただきます。

そして新会長を中心にみなさんで盛大に鏡開きです。 
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斎藤前会長の乾杯のご挨拶では、この4年間を振り返られ感慨深いものを感じました。 

途中、佐久間社長より写真撮影を依頼されパチリと写しました。きっと社長のブログに使われることと思います。 知った顔を見ると安心するねと笑って見えました。

滞りなく終了し、名古屋へ帰ります。 

20日の朝、ブログをチェックすると戦争中に「届かなかった手紙」の存在というブログが人気記事のトップにあり、なぜだろうと前日の新聞を見るとNHKスペシャルで「届かなかった手紙 時をこえた郵便配達」という番組の放送があったことを知る。
そうかその影響なんだなと合点がいった。
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前述のブログは昨年の9月18日にアップしたもので、やはりNHKスペシャルで放送された番組を書いたものだった。太平洋戦争中、戦場の兵士と故郷の家族との間を結んでいた「軍事郵便」は年間4億通にも達していたという。ところが戦況が悪化するにつれ、宛先に届かない郵便が増えていったのだ。米軍に押収され返還されることなく終戦を迎えてしまった。70年以上もの間行き場を失った郵便がさまよっていた。
今、そうした「未配達の郵便」が国内外で次々と見つかっているという。インターネット・オークションなどで売りに出されているのだ。
番組では宛先の遺族や関係者を探し出し、その「届かなかった手紙」を届ける。
70年以上の時をこえて、ようやくあて先に手紙が届けられ、秘められたドラマを描いている。

今回番組を見ていないが、おそらくその続編的な内容だろうと想像する。
前回のブログでも書いたように、戦争とは人間同士の殺し合いだ。若い尊い命がいとも簡単に失われていく。この手紙のドラマを通して、戦争の悲惨さを訴えている。

終戦からもう73年になる、いやまだわずか73年しかたっていないのだ。その当時を知る人がまだたくさん生存していらっしゃる。
亡くなった父が酔うとよく言っていた言葉がある「俺はいつ死んでもいい。なぜなら俺の命はとうの昔に天皇に預けたからだ」
~その昔、戦地で若き戦闘兵たちが集められ、特攻志願を募ったという。その時代、手を上げないものなどいない、自分の真の気持ちとは違っていてもそうせざるを得ない状況下だった。
遺品を自ら袋に詰める、戦死したら遺族に送られる準備である。あとは、敵がいつ来るか、自分が飛び立つ日が来るのを待っているのだ。~これは実際に戦地に行き運よく帰還した父から聞いた話である。もう生と死はすぐ隣り合わせの状況だったと言える。

戦争など絶対に繰り返してはならない。次の世代にもしっかりと伝えておかなくてはいけない。
この番組は8月22日の0時40分から再放送されるようだ。


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