舘祐司の気ままなブログ

2018年07月

さて今年もこの季節がやってまいりました。
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いつもの杤本農園さんです。 

今年は、先日の豪雨の影響など心配されましたが、大きな被害はなかったとのことでよかったです。 

いつも通り、トマトのビニールハウスに向かいます。
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約20分一心不乱にもぎりました。 
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その結果です。
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杤本さんのお兄さんとお約束の2ショット写真です。
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いつも明るく元気で、1年ぶりなので話も弾みます。

今年新たに増えた看板を見つけました 。
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伯父さんに作ってもらったそうです。いや、よく出来てます。プロの仕事みたいです。 
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 今年は梅雨時にあまり雨が降りませんでしたね、その影響でいつもより水を与えているため、ちょっと味が薄めになっているそうです。

雨が多くても、日光が多くても逆に少なくても農作物には影響が出ます、生き物は難しいものですね。 
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酷暑シリーズ第三弾です。
酷暑という言葉も聞きたくないくらいの暑さで、本当に大変な日本になっています。しかし、日本だけではなく世界中が異常気象のようです。

先日今まで生きてきた中で、こんな最高気温が続くのは記憶にないと書きました。
では過去の記録はどうなんでしょう?…ということで調べてみました。

すると驚くべき事実がありました。

国土交通省の気象庁のホームページに「過去の気象データ」というものがあります。
そこに降水量やら最高気温、最低気温などなどいろんな気象に関するデータが載っています。
1890年以降のデータから載せています。

最高気温の話に戻ります。

名古屋地区の過去最高気温の記録の第1位は、なんと39.9度でした。1942年8月2日に記録しています。
今からもう76年前のことです。
第2位は39.8度(1994.8.5)第3位は39.7度(1994.8.7)そして第4位は39.6度(1942.8.3)です。気が付かれましたでしょうか。第4位は第1位の翌日です。そして第2位と第3位は同じ年の2日違い、固まっていますね。
第5位39.4度(2007.8.16)第6位39.3度(2001.8.1)第7位から10位は同じ38.9度です。(1995.8.26)(1995.8.20)(1946.7.16)(1942.8.1)という結果でした。

しかし、つい先日の7月18日には名古屋で39.2度を記録しました。これは歴代6位になります。この日豊田で39.7度、多治見ではなんと全国トップの40.7度を記録しました。恐ろしいほどの気温です。
 
先ほどの上位10位の中に1942年の8月1日から3日までが入っています。すごい年だったんですね。
もちろん僕が生まれる前のことですので、知りませんでした。

1942年は昭和17年です。その頃の日本は戦争の時代です、日本軍は東南アジアに進出し、5月には東南アジア全域を制覇し、6月にはあのミッドウェー海戦がありました。

当然ながら、現代のような冷房設備などほとんどなかった時代です。さぞ暑い思いをしていたことでしょう。でも夜になると過ごしやすくなったのかもしれません。
氷屋さんは大忙しだったに違いありません。でもその一方で、熱射病でお亡くなりになった方もいらっしゃったのだろうと想像します。

体温よりも高い気温というのは本当にシャレになりません。通常なら日陰に入ると少し涼めるのですが、この気温になるとそうならないのが辛いところです。空調のきいたところで静かに過ごしているのが一番です。日中に下手に外に出るとえらいことになります。仕事の方はそうはいきませんけどね。

まだ7月で夏が始まったばかりですが、早く夏が終わってくれればと願うばかりです。

酷暑シリーズ第二弾、「甲子園の高校野球大会に物申す」です。
この酷暑の中では選手のみならずスタンドで応援する人たちももはや危険な状態にあると考えていいんじゃないでしょうか。
多くのファンがいるため、今後も存続させるためには改革が必要ではないかと思います。
例えばドーム球場に場所を変えるとか。試合日程をもう少し間隔をあけるとか。球場を分散して各地区からの代表8チームくらいが甲子園で試合するとか。あ、もちろん甲子園でなくても構いません。どうしても甲子園にこだわるのであれば、秋に時期を変えるというのはどうでしょうか。

暑さとは関係ありませんが、よく甲子園の優勝投手はプロで活躍できないなどと言われています。
これは連戦連投で肩を酷使するあまり、結局肩をダメにしてしまうということだそうです。優勝が懸かってくると、本人も周りも無理をさせてしまうというのが原因なんでしょう。
そんなことからも、楽しく高校野球を見たいならばそんな不幸なことが起こらないように、改革を考えてもいいかと思います。

将来有望な選手が、高校生で断念しなければならなくなるというのも、忍びないですし、日本のプロ野球のレベル向上のためにも、そういう若い芽をつぶすようなことは避けた方がいいように思います。
今季から日本プロ野球では、投げずに敬遠できる「申告敬遠」というルールが採用されました。社会人や大学でも採用されているようですが、なぜか高校野球連盟は適用していないそうです。
時間短縮になりますし、投手の投球を減らす意味でもいいと思いますが。野球がつまらなくなるという声もありますが、敬遠の投球を見るのもあまり面白いものではないです。

この春から導入されたタイブレーク制というのは一つ改革になりました。球史に残る名勝負として過去の長い延長戦が語られますが、そこで野球人生が終わってしまっては本末転倒ではないでしょうか。適当なところで終わらせてあげないと一生を棒に振ってしまうかもしれません。

酷暑のことから少し離れてしまいましたが、プロ野球に関心がなくても高校野球は見るよ、という人がたくさんみえます。日本の文化と言っても過言ではないでしょう。そんな愛されている高校野球のためにもぜひ改革が必要かと思いますがいかがでしょうか。

先日、愛知県豊田市で学校の校外学習を終えた後に、熱中症による熱射病で小学1年の児童が亡くなられました。
これは非常にショッキングなニュースです。この時期になると「熱中症に気を付けましょう」とその対策グッズなどが売られ、報道でも注意喚起を行っています。

そんな中、校外授業とはいえ、教師が立ち会っているところで死亡事故が起きてしまったのは、とても驚きました。

ここ3~4日間名古屋地区では最高気温が38度を記録しています。こんな気温が続くのは60年生きてきて初めてのことです。尋常ではないと思います。昨日18日は多治見で40.7度を記録しこの夏全国最高気温になり、名古屋市でも39.2度と発表されてました。

16日静岡県のつま恋に夏フェスへ行ってまいりました。軽い熱中症を患ったようで、夕方頃は食欲がなく胃がむかむかしてました。僕よりも妻はもっと症状が重く、家に着いた後、風呂に入ってすぐに床に就きました。熱中症を軽く考えてはいけないことを知りました。この時、塩分補給の飴を持参していたのに持っていることをすっかり忘れてしまい、結局使っていませんでした。準備していたのに生かせなかったのは反省です。ちなみにこの日の静岡の最高気温は34度でした。

この事件により、全国の学校で校外学習については見直されるでしょう。それは当然のことだと思います。
しかし、それだけではなくもっと踏み込んで欲しいと思います。
近年の気温を考えると全教室を冷房完備にするべきではないでしょうか。
一般的な企業で事務所に空調設備がないところがありますか?
子供らをそんな環境の元で勉強させるのはもはや無理があると思います。

日本の将来を背負って立つ子供らにもっと投資するべきではないかと考えます。ただでさえ少子化で、子供が減っています。若年層の自殺なども横行する現代で、貴重な人材、いや人財と言ってもいいでしょう 。そうでなければ日本の未来は明るいものにならない気がします。

お年寄りや子供などいわゆる弱者ほど厳しい環境に耐えられなくなります。
大人たちが涼しいところにいて、子供らが酷暑の中にいるというのはどう考えても不条理だと思います。
今回のことはとても不幸で悲しいことです。決して繰り返してはいけません。そしてこのことから我々は学ぶべきことがあると思うのです。


ロシア大会もフランスの優勝で幕を閉じた。
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4年に一度の大会なので、僕なりの総括をしてみたい。

選手とサポーターの歓喜に溢れる表情は少しうらやましくもある。

もちろん日本だってという気持ちはみんな持っていると思うが、そう一足飛びに行けるステージではないことはわかっていると思う。

この大会はランキング下位のチームの下克上が目立った、優勝候補の筆頭だったドイツがグループリーグで敗退し、ランキング70位と最下位のロシアがベスト8まで勝ち上がるという誰も予想もしないことが起こった。決勝トーナメントに入ってもアルゼンチンやポルトガルなどが次々に姿を消していった。ロシアは準々決勝のクロアチア戦でもPK戦で惜しくも破れるという大健闘だった。 
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そんな中、グループリーグを突破した日本はベルギーと戦い2-3で敗れはしたものの、その善戦ぶりに世界から賞賛の声が上がった。特にフェアプレーが目立っていたことはとても誇らしい。グループリーグを勝ち上がったのもセネガルと勝ち点などで並びわずかなFPポイントの差がものを言ったのだ。
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ポーランド戦の最後ボール回しに徹したプレイが批判を浴びたが、勝ちにこだわる姿勢は当たり前のこと、何も問題ないと思う。

日本選手では、大迫選手、乾選手、柴崎選手、原口選手、本田選手、香川選手らが目立っていた。
個人的には長谷部選手が最も素晴らしかったように思う。常に冷静でチームを鼓舞し適切に相手の攻撃を防いでいたように思う。
もっともっと点が取れたような気もするが、それが世界レベルとの差なんだろう。

試合後西野監督は「何が足りないのか」という自分自身の問いに「すべてだと思う。わずかではあるが、この壁というのはまだ厚いのかもしれない」と語った。

ベルギー戦に戻るが、後半のアディショナルタイム、本田のCKをキーパーが直接キャッチする。そしてすぐさま味方に転がしてカウンター攻撃に移る。この時何か嫌な感じがした。ベルギーの選手は5人ほどトップスピードですぐに日本のゴールに向かっていた。そして痛恨の3点目のゴールを決められる。キーパーがボールをリリースしてからわずか10秒ほどの出来事だった。日本チームはもう延長戦に入ると考えていたのだろうか。だがベルギーチームはそうでなかった。この差がベスト8に行けるかどうかの差だったのだろうか。キーパーがボールを持った時、誰かがキーパーの前に行き少しでもパスを遅らせていたら…と思うと…。
日本選手は全て出し切っていたのだろう、もうあまり余力は残っていなかった。しかしベルギーの選手はまだ最後の力を残していたのだ。 〜「わずかではあるが、その壁は厚い」という言葉が物語っている。
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4年後を語るのはまだ早いかもしれないが、どの国もこの大会が終わった直後から次の大会に向けて始動するはずである。監督やコーチ陣などしっかりと4年後を見据えた人選で行ってもらいたい。今回のように直前での交代劇を繰り返してはならないと思う。
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大迫選手、柴崎選手、原口選手らはまだ20代で4年後も十分に代表選手となりうる年齢だ。2020年には東京オリンピックも開催され、その代表選手らも次のW杯のメンバーとして何名かは選出されることになるだろう。
今回の大会でいろんなことを学んだのではないかと思う。ぜひ4年後までには「何が足りないのか」の答えを見つけていただきたい。

そして最後にもう一つ付け加えておきたいことがある。
日本チームがベルギーとの戦いを終えたロッカールームが話題になった。
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どのロッカーも綺麗に整えられている、サポーターが試合後にゴミを拾って帰ることが世界中から賞賛を浴びているが、選手たちもそれに負けじとこの行動である。なんと美しく誇らしい光景だろう。同じ日本人としても本当に頭が下がる行動だ。

そしてこんなメッセージが残されていたという。
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その行為に各方面から賞賛の声が寄せられたという。
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最後に「ありがとう」の言葉を残すなんて、本当に洒落た男たちだ。サムライジャパンの選手そして関係者の皆さんには感動させてくれてこちらこそ「ありがとう」と言いたい。

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