舘祐司の気ままなブログ

2018年02月

平昌冬季オリンピックが25日閉幕しました。
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今回日本は過去最高のメダル数13個を獲得し、大いに沸きました。

なかでも、羽生結弦選手の66年ぶりとなるフィギアスケートでの2連覇は圧巻でした。
特に11月の大けがから出場さえ危ぶまれた中でのこの結果は私たちに感動を与えてくれました。

ケガからの復帰といえば、スノーボードの平野歩夢選手も同様です。惜しくも金メダルには届きませんでしたが、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。
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また、複合で銀メダルに輝いた渡部暁斗選手が、実はオリンピック直前のW杯白馬大会の練習中に着地で失敗し、肋骨を骨折していたことが競技終了後に発覚しました。
その状態であの長い距離を走り、しかも3種目も出場するとはすごいですね。
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今回特に目立ったのは、日本女子選手の活躍です。
スケートでは、小平奈緒選手が金、団体パシュートで金、マススタートでも金とオランダや韓国の選手が強いとされてきた種目で最高の結果を残してくれました。
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そしてカーリング女子も史上初めて銅メダルに輝き、感動の涙は美しかったです。
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スケートやカーリングなどは勝ち負けがはっきりしていていいのですが、審判が採点するフィギアやスノーボードのハーフパイプなどの競技には時に「?」が付くことがあります。

前述の平野選手は金メダルに届きませんでしたが、一部ではスロー再生で見るとショーン・ホワイト選手の技が決まっているように見えてそうでなかったりするとささやかれているようです。

また、フィギア男子では、中国の審判が自国の選手に高い得点を付け、他国のライバル選手には辛い点を付けていたと報道されました。実際には一番高い得点と低い得点のジャッジはカットされるため、このことで結果が左右されることはないようですが、アンフェアでとても気持ちが悪いです。

また、男子ショートトラックで滑走中に転倒した北朝鮮選手が日本人選手の靴に手を掛けようとしたシーンもありました。
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再スタート後も執拗に腕を伸ばして日本人選手に接触をしていますが、結局ぶつかった上げ気に転倒し失格となりました。レース後記者から質問を受けた渡邊選手は「故意の妨害ではない」と疑惑を否定していたそうですが、映像を見る限りどう見ても何らかの意思が働いている気がします。
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スポーツはとにかくフェアプレー精神で行ってほしいですね。
アンフェアな戦いは見たくありませんし、感動が薄れてしまいます。

スピードスケートの小平選手は、次に滑走する選手に気を使い、会場に静かにするよう促し、レース後落ち込んでいるライバルの元へ行き、慰めていました。競技とは別なところでも感動しました。

こういった様々なシーンを見せてくれるのがオリンピックという大舞台です。

2020年東京オリンピックまでもう2年です。
またたくさんの感動が生まれることを期待したいです。

とうとうこの日がやってきました。
本日2018年2月27日で60回目の誕生日を迎えます。

いわゆる「還暦」ということになりますが、それほど実感はないですね。
大きな病気やけがもなく、これまで生きてこられたのも、丈夫な体に生んでくれた親に感謝するしかありません。

以前にも紹介しましたが、お産の時なかなか産声を上げなくて命が危ぶまれたそうです。
そんな状態から助かったため父が名前に「祐」という字を充てたと聞いています。


今日はスティービー・ワンダーの「Happy Birthday」で自ら祝福します。(笑)

彼の19作目のアルバム「Hotter than July」(1980)に収録されています。
このアルバムは発売後すぐに購入してよく聴きました。「疑惑」とか「レイトリー」とか名曲ぞろいです。

この曲は、キング牧師に捧げた曲で、キング牧師の誕生日を国民の祝日にすべきという社会活動のためにスティービーが制作したということです。

キング牧師は「I Have a Dream」の演説で有名な、アフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者として活躍された方です。インドのマハトマ・ガンジーの影響を受け、非暴力主義運動を貫いたことでも有名です。

それではスティービー・ワンダーで「Happy Birthday」をどうぞ。



前回の続きです。

27歳の時、結婚しました。彼女の強い希望で教会式で挙げました。
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この時のエピソードで、彼女の希望は「街の小さな教会」でしたので、ある教会にいき「ここで結婚式を挙げたいのですが?」と尋ねると「キリスト教徒ですか?」と聞かれ「違います」と答えると丁重にお断りされました。同様にほかの教会でも断られ、最終的に布池教会になりました。
2回神父さんのお話を聞くことが条件でした。
今思うとキリスト教への入り口を作っておられたのかもしれません。
当時はまだほとんど神前式の時代でしたので珍しかったですが、それから10年もたたないうちに教会式が主流になりました。

結婚してすぐに2人の子供に恵まれました。
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昔から息子が欲しいと思っており、女の子と聞いて少しがっかりしましたが、すぐに性別などまったく関係ないことに気づかされました。「子は宝」と言いますが、よく言ったものです。
2人目も娘でしたが、その頃にはむしろ娘でよかったと思えるほどに心変わりしていました。現金なものです。
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とにかく家族のことを大切にと一生懸命仕事をしてきたつもりです。

2人の娘たちは本当にまっすぐ育ってくれて、妻とともにとても感謝しています。

そして時が経ち、娘らも成人して何とか社会人となり子育ての責任は果たせたのかなと思います。

2012年初のミスチルライブ、ナゴヤドームです。ミスチルファンはここから始まりました。
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2013年日本ガイシホールのライブです。
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2014年56歳の誕生日に時計をプレゼントされました。今でも愛用しています。
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同じく2014年11月九州旅行でかねてから念願の「ゆふいんの森」号に初めて乗りました。
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2015年2月会社の旅行で長崎へ、バックに移っているのは軍艦島(端島)です。
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2015年8月ミスチル「未完」ライブです。
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2016年2月沖縄旅行での一コマ、三線を持って。(ただ持ってるだけです、引けません)
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2016年10月恵那峡にて。
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2017年2月 59歳の誕生日にホテルのディナーを娘からプレゼントされました。
奥に見えているのは名古屋城です。

2017年6月ミスチル「Thanksgiving」ツアー。
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2017年8月横浜みなとみらいでピカチュウと2ショット。
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2017年10月還暦同窓会です。
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そして2018年2月を静かに迎えております。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

還暦記念として懐かしい写真でこれまでの人生を振り返りたいと思います。

昭和33年(1958年)名古屋市北区の近藤助産院で産声を上げました。
最初はなかなか「オギャー」の声が出なかったそうで、心配されたようです。

まずは、僕が持っている中で一番古い写真です。
1歳半から2歳ごろでしょうかね。顔がボールみたいに丸くてポチャポチャです。
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「行って来まーす」朝、幼稚園に行くときのショットだと思います。我ながら可愛いです。(笑)
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小学校5年生ごろ「海洋少年団」に入団していました。夏休みで全国大会に行った時のショットです。
隣は同級生です。
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小学校を卒業した春休みに学生服を着て撮影しました。まだ、坊主頭になる前です。初々しい。
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中学は校則で丸坊主でした。このころからロックやポピュラー音楽をよく聴くようになりました。
(MUSIC LIFEを毎月購読してました)
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高校生の頃です。たぶん修学旅行に行った時のショットです。
(月刊MEN'S CLUBを購読してました)
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同じく高校生の頃だと思います。隣は3歳下の妹です。(2015年没)
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20歳から波乗りを始め、どっぷりとのめりこんでいました。
(たぶん赤羽根海岸のロングビーチだと思います。この辺りがホームグランドでした)
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毎週の休みはいつも海にいました。

初めての海外旅行でハワイに行きました。向こうで買ったサーフボードです。(もう勢いですね)
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結婚する前、波乗り旅行で三重県尾鷲方面に行きました。
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「さあ、行くぞー」勇んで海に向かうところです。(この表情必要ないです)
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彼女の家の部屋でミッキーの帽子をかぶって。
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25歳ころから冬はスキーを始めました。
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この頃は休みの日になると、夏は海、冬は山というアクティブな時代でした。
ひとまず前編はこの辺で終了します。
後編は結婚してからです。

兵庫県のヤマダストアーさんというスーパーがチラシで「もうやめにしよう」と恵方巻を必要以上に販売しないことをチラシで宣言されました。
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そのことが23日の中日新聞で紹介されていました。
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僕もつい先日、節分の日にこの問題についてブログで少し触れました。

この広告大きく「もうやめにしよう」とうたわれ、その横に小さく「売り上げ至上主義、成長しなきゃ企業じゃない。そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます」と書いてあります。
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やはり同じことを感じている方がいるんだということがわかり親近感を感じました。
しかも販売する側の企業からこのようなことに踏み切るとは、勇気が必要だったことと思います。

こういった草の根運動から、多くの皆さんが賛同して日本中に広がってくれることを期待したいです。

新聞の記事によると日本国内で発生する食品ロスは年間621万トン、世界の食糧援助量の2倍にあたるそうです。日本人一人当たりに換算すると「お茶碗約1杯分の食べ物」が毎日捨てられている計算になるそうです。
一生懸命作ったものが廃棄されていく現実を作っている人たちはどんな気持ちで見ているのでしょう。


「早めに買わないと売り切れますよ」という姿勢でいいと思います。
消費者側も「売り切れたら仕方ない」と思えばいいことです。

日本の「MOTTAINAI」(もったいない)という精神が世界で賞賛されているそうです。
ノーベル平和賞に輝いたケニア人女性のワンガリ・マータイさんがこの美しい日本語を、地球環境を守る世界共通語として広めることを提唱しました。

それとは真逆の今の「恵方巻」問題です。我々はもう一度この素晴らしい言葉を見直すべきだと思います。

このヤマダストアーさんですが、自虐的に「ちょっと変なスーパー」と書いています。
しかし、僕にはここが「変」なのではなく、その他大勢のコンビニやスーパーの方がよっぽどおかしく思えます。


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