舘祐司の気ままなブログ

2018年02月

前回の続きです。

27歳の時、結婚しました。彼女の強い希望で教会式で挙げました。
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この時のエピソードで、彼女の希望は「街の小さな教会」でしたので、ある教会にいき「ここで結婚式を挙げたいのですが?」と尋ねると「キリスト教徒ですか?」と聞かれ「違います」と答えると丁重にお断りされました。同様にほかの教会でも断られ、最終的に布池教会になりました。
2回神父さんのお話を聞くことが条件でした。
今思うとキリスト教への入り口を作っておられたのかもしれません。
当時はまだほとんど神前式の時代でしたので珍しかったですが、それから10年もたたないうちに教会式が主流になりました。

結婚してすぐに2人の子供に恵まれました。
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昔から息子が欲しいと思っており、女の子と聞いて少しがっかりしましたが、すぐに性別などまったく関係ないことに気づかされました。「子は宝」と言いますが、よく言ったものです。
2人目も娘でしたが、その頃にはむしろ娘でよかったと思えるほどに心変わりしていました。現金なものです。
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とにかく家族のことを大切にと一生懸命仕事をしてきたつもりです。

2人の娘たちは本当にまっすぐ育ってくれて、妻とともにとても感謝しています。

そして時が経ち、娘らも成人して何とか社会人となり子育ての責任は果たせたのかなと思います。

2012年初のミスチルライブ、ナゴヤドームです。ミスチルファンはここから始まりました。
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2013年日本ガイシホールのライブです。
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2014年56歳の誕生日に時計をプレゼントされました。今でも愛用しています。
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同じく2014年11月九州旅行でかねてから念願の「ゆふいんの森」号に初めて乗りました。
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2015年2月会社の旅行で長崎へ、バックに移っているのは軍艦島(端島)です。
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2015年8月ミスチル「未完」ライブです。
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2016年2月沖縄旅行での一コマ、三線を持って。(ただ持ってるだけです、引けません)
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2016年10月恵那峡にて。
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2017年2月 59歳の誕生日にホテルのディナーを娘からプレゼントされました。
奥に見えているのは名古屋城です。

2017年6月ミスチル「Thanksgiving」ツアー。
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2017年8月横浜みなとみらいでピカチュウと2ショット。
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2017年10月還暦同窓会です。
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そして2018年2月を静かに迎えております。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

還暦記念として懐かしい写真でこれまでの人生を振り返りたいと思います。

昭和33年(1958年)名古屋市北区の近藤助産院で産声を上げました。
最初はなかなか「オギャー」の声が出なかったそうで、心配されたようです。

まずは、僕が持っている中で一番古い写真です。
1歳半から2歳ごろでしょうかね。顔がボールみたいに丸くてポチャポチャです。
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「行って来まーす」朝、幼稚園に行くときのショットだと思います。我ながら可愛いです。(笑)
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小学校5年生ごろ「海洋少年団」に入団していました。夏休みで全国大会に行った時のショットです。
隣は同級生です。
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小学校を卒業した春休みに学生服を着て撮影しました。まだ、坊主頭になる前です。初々しい。
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中学は校則で丸坊主でした。このころからロックやポピュラー音楽をよく聴くようになりました。
(MUSIC LIFEを毎月購読してました)
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高校生の頃です。たぶん修学旅行に行った時のショットです。
(月刊MEN'S CLUBを購読してました)
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同じく高校生の頃だと思います。隣は3歳下の妹です。(2015年没)
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20歳から波乗りを始め、どっぷりとのめりこんでいました。
(たぶん赤羽根海岸のロングビーチだと思います。この辺りがホームグランドでした)
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毎週の休みはいつも海にいました。

初めての海外旅行でハワイに行きました。向こうで買ったサーフボードです。(もう勢いですね)
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結婚する前、波乗り旅行で三重県尾鷲方面に行きました。
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「さあ、行くぞー」勇んで海に向かうところです。(この表情必要ないです)
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彼女の家の部屋でミッキーの帽子をかぶって。
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25歳ころから冬はスキーを始めました。
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この頃は休みの日になると、夏は海、冬は山というアクティブな時代でした。
ひとまず前編はこの辺で終了します。
後編は結婚してからです。

兵庫県のヤマダストアーさんというスーパーがチラシで「もうやめにしよう」と恵方巻を必要以上に販売しないことをチラシで宣言されました。
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そのことが23日の中日新聞で紹介されていました。
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僕もつい先日、節分の日にこの問題についてブログで少し触れました。

この広告大きく「もうやめにしよう」とうたわれ、その横に小さく「売り上げ至上主義、成長しなきゃ企業じゃない。そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます」と書いてあります。
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やはり同じことを感じている方がいるんだということがわかり親近感を感じました。
しかも販売する側の企業からこのようなことに踏み切るとは、勇気が必要だったことと思います。

こういった草の根運動から、多くの皆さんが賛同して日本中に広がってくれることを期待したいです。

新聞の記事によると日本国内で発生する食品ロスは年間621万トン、世界の食糧援助量の2倍にあたるそうです。日本人一人当たりに換算すると「お茶碗約1杯分の食べ物」が毎日捨てられている計算になるそうです。
一生懸命作ったものが廃棄されていく現実を作っている人たちはどんな気持ちで見ているのでしょう。


「早めに買わないと売り切れますよ」という姿勢でいいと思います。
消費者側も「売り切れたら仕方ない」と思えばいいことです。

日本の「MOTTAINAI」(もったいない)という精神が世界で賞賛されているそうです。
ノーベル平和賞に輝いたケニア人女性のワンガリ・マータイさんがこの美しい日本語を、地球環境を守る世界共通語として広めることを提唱しました。

それとは真逆の今の「恵方巻」問題です。我々はもう一度この素晴らしい言葉を見直すべきだと思います。

このヤマダストアーさんですが、自虐的に「ちょっと変なスーパー」と書いています。
しかし、僕にはここが「変」なのではなく、その他大勢のコンビニやスーパーの方がよっぽどおかしく思えます。


仕事で福井にやってきました。

この冬の福井は記録的な大雪で大変な目にあっています。

先日もネットニュースで「雪を水路に捨てないでください」と自治体が呼び掛けていると話題になっていました。ただでさえ水路や川の水位が上がっているところに、雪をむやみに捨てられるとさらに増水し下手をすると決壊する恐れが出てきているようです。中にはマンホールのふたを開け、雪が投げ込まれているそうで下水があふれ出すと、とんでもないことになると警告していました。

滋賀県から福井県に入ると周りの景色が一変します。

サービスエリアでは山のように雪が集められていました。
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雪の壁は車の高さ以上にあります。
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福井のインターで高速道路から出ると、辺り一面真っ白です。
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そして福井市内はと言うと、所々で雪の山を見かけます。
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わかりますでしょうか、トラックの高さほど雪が積み上げられています。
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すごい雪の量です。あの大雪からすでに2週間経っているのにいまだにこの状態ということは、2週間前は相当大変なことになっていたのでしょう。
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しかし車が走る道路上はほぼ除雪が済んでいました。
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気をつけないと屋根から雪が落ちてきます。
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危ない危ない。

高速道路のサービスエリアで見かけました。
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除雪作業の情報がスマホで簡単に取れるというものです。

いろんなサービスを展開されていますね、ちょっと感心しました。

この「仙台ぐらし」は仙台の出版社荒蝦夷(あらえみし)が刊行する雑誌「仙台学」に2005年から2015年に渡り連載されたエッセイ集を集めた文庫本です。
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仙台で暮らしておられる伊坂氏ご本人があとがきでこう述べておられます。
当初、「エッセイに見せかけた作り話」 であればどうにかなるのでは、と引き受けたもののそれは甘い考えであったことがすぐに発覚し、結果的にはほとんどが実話を元に書くことになりました。〜

そういうことから、とても身近な話題が多く、それを伊坂氏の独特な感覚で面白おかしく描かれています。

伊坂氏の顔は仙台では売れているのだなあということもわかりますし、たまに声をかけられることで ご本人が少し意識過剰になっているということもニヤニヤしながら読みました。

2011年3月に東日本大震災が起こりました。
ちょうど1ヶ月経過した時期に、連載のエッセイを書かれています。
伊坂氏は仙台で暮らしておられますが、幸い大きな被害も受けずに 助かったそうです。
しかし精神的なダメージは大きく 、しばらく何をしたらいいのかもわからず、本棚の本は床に散乱したままの状態だったそうです。

そんな時、近くのお店に食料を買いに行くと、店員の方が並ぶ列を整理したり、「お一人様いくつまでです」などと懸命に働く姿を見て泣けてきたと書いておられます。また、遠方からボランティアで東北にきている人達の姿にも思わず泣けたそうです。

〜「大きな災害にあった人は、その影響で、急に泣きだしたり、怒りっぽくなったり、虚脱状態になったり、塞ぎ込んだりする」ということを後で聞くことになります。
「大きなショックを受け、情緒のバランスが崩れるということだろうか。人はそういう場合、感情をあっちこっちへと動かしながら、少しづつ、気持ちの天秤を元の位置に戻すのかもしれない」〜

そんな大変な体験を元に、「ブックモビール」という短編が生まれました。
移動図書館が元に書かれている被災地を舞台にしたお話です。
 
少し伊坂さんの人となりがうかがえるエッセイ集となっています。

 

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