舘祐司の気ままなブログ

エマーソン・レイク&パーマー(ELP)はイギリス出身でキース・エマーソン、グレッグ・レイク、カール・パーマーの3人からなるプログレッシブロックのバンドです。お気づきのように彼らの名前の羅列がそのままバンド名になっています。たまにこういうバンド名がありますよね。いい名前が浮かばなかったか、意見がまとまらずに仕方なくなのか、大方そんなところだと思います。
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特長的なのは通常のロックバンドに欠かせないギタリストが不在なことです。キース・エマーソンのキーボードを中心とし、ベースとドラムというバンドです。大体の場合、ロックバンドはギタリストとボーカリストが花形で脚光を浴びます。

そしてもう一つ特徴的なのがクラシック音楽に傾倒していたことです。ムソグルスキーの「展覧会の絵」、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」、それを彼らが独自にアレンジしたのが今日紹介する「ナットロッカー」です。

ライブ演奏というところが素晴らしいですし、彼らの演奏力の高さを表しています。

元々それぞれのバンド活動ですでに名声を得ていましたから、当然のことと言えばそうなんですが。

初めて聴いた時は、クラシック音楽のアレンジということで、少しの違和感と新鮮な感じが入り交ざって不思議なサウンドだなあと思いましたが、とてもアレンジのクオリティが高く元々の楽曲の質の高さも相まって大ヒットしました。
クラシックとロックの融合、キーボードとドラムスの見事な競演、独特なELPサウンドです。
彼らの名を世界にとどろかせた名曲だと思います。

さて7月のカバ丸くんの紹介です。7月のカレンダーを見て、驚きました。
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「あせらない 自由きままに あるがまま。」
この僕のブログのタイトルでもある「気まま」…が登場しました。

2年半前、単独でブログ を開始するにあたり、タイトルを考えたのですが、「気まま」という言葉が自然に浮かびました。そのままタイトルにすることにしました。

4年ほど前から、このカバ丸くんのカレンダーが気に入って使っています。
好きな理由が今やっとわかったような気がします。

おそらく「気まま」というキーワードだったんですね。

いつものんびりと過ごしているカバ丸くんたちを見て、ちょっとうらやましいような、またどことなく共感できるような気がしていました。そうか、そうだったんだ。

2016年1月に干支のことを書いたブログの中で以下のような下りがあります。
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ちなみに僕は1958年生まれなので、戊・戌(つちのえ・いぬ)という干支になります。
この年生まれの特徴を調べると、下記のように出てきました。

〜野に生まれ育ち、野で一生暮らす自由な犬です。主人に縛られる事を嫌い、自由気ままに生活します。(中略)配偶者の影響を受けやすく、数奇な運命をたどるか、安定した生活を送るか、相手によります。〜
〜〜ウェブサイト「陰陽道の世界」より〜〜
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このサイトによると「自由気ままな犬 」なんだそうです(笑)
今の所安定した生活を送っていますので、良き配偶者を得たという事なんでしょう。 感謝しています。

人生において自己を知るということも大切な要素ではないでしょうか。身の丈という言葉に置き換えてもいいかもしれません、誰もがそれ以上でもなければそれ以下でもないように思います。

これからもマイペースで過ごしていきます。それが定められた運命だと信じて。
皆さんよろしくお願いします。
 

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これは7月3日にNHKで放送された番組だ。
「We Are The World」と言えば音楽にさほど興味のない方でも、40歳以上の方なら知っていると思う。
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アメリカを中心に活躍していたアーティスト40数名が一堂に会し、一つの曲を皆で歌いそれをレコードやビデオで販売し、その収益をエチオピアの飢餓で苦しむ人々に寄付をしたのだ。
全ての合計でなんと6300万ドルの収入があり、それを全額寄付したということで世界中に大きな衝撃を与えた。
そのレコーディングは一晩の間に行われた。一線級のアーティストが集まれるタイミングはそこしかなかったのだ。その夜の珍騒動や感動秘話など知られざる誕生の物語がそこにあったのだ。

事の始まりは、1984年にハリー・べラフォンテがテレビでエチオピアの大飢饉のニュースを見たことだった。
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「何か力になれることはないか」と考えていたところ、イギリスからすごいニュースが飛び込んできた。ボブ・ゲルドフが中心になり、イギリスを中心に活動するアーティストを集めてオリジナル曲を収録、レコードとビデオを販売して、その収益を貧しいアフリカの国に寄付をするというものだった。
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そうあの「Do They Know It's Christmas?」だ。それを知ったべラフォンテは「やられた」と思ったそうだ。ちなみにハリー・べラフォンテ氏はあの「デーオ!」で始まる「バナナボート」でヒットした歌手でアメリカのアーティストたちからは一目置かれるシンガーである。
 
それからすぐに行動に移るが、スーパースターたちを集めるのはとても難題だ。その難しいことを依頼されたのが、芸能プロデューサーのケン・クラゲンだった。
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アメリカでも指折りの顔が広い男で、私の役目は「今回は一銭も儲からないことを納得させることだった」と語っている。エチオピアの惨状をテレビで伝えたうえで、レコード会社にはこう聞いたそうだ。「まだ利益を上げたいですか?それとも人々を救いたいですか」って。
その作戦が功を奏し、スーパースターたちが続々と参加を表明した。だがべラフォンテの目的はただ歌うだけじゃなくその模様をビデオに収めることだった。それは、白人も黒人も女も男も、年を取ったのも若いのもスターをそろえればそれは「世界の縮図」になるのだ。「私は世界の人に見てほしかった、肌の色の違い、性別、政治的主張の違い、いろんな違いを乗り越えて皆が一つになっているところを。それは曲を聴くだけではわかりづらいけど、ビデオを見れば一目瞭然だ。」その強い意志が皆を動かし、大きな偉業を成し遂げることとなる。

1985年1月マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダー、レイ・チャールズ、ライオネル・リッチー、ダイアナ・ロス、ブルース・スプリングスティーンといったそうそうたるメンバーたちがハリウッドのA&Mレコーディングスタジオに集まってきた。
作詞作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが手掛け、プロデュースをクインシー・ジョーンズが担当するという超豪華版である。
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簡単な打合せのあと、コーラス部分から収録され順調に進んでいた。しかし、スティービー・ワンダーからエチオピアで使われているスワヒリ語を歌詞の中に入れてはどうかという提案が出され、一気に紛糾することになったという。それが1時間も続いたのだが、レイ・チャールズがなぜか「バナナボート」を口ずさみだすとそれにつられて何人かが歌いだし、その険悪ムードが一気に解消されたのだ。
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エチオピア人とケニア人の一般女性が2名このスタジオに招待されていた。その準備をしたのはスティービー・ワンダーだった。アフリカの状況をよく知る人物を探していたという。そして皆の前で悲惨な現地の現状を話したそうだ。多くの人の目から涙がこぼれたという。その状況を見たケニア人女性は「この人たちは本気で助けようとしてくれている。この人たちならきっと素晴らしいことをやってくれる」と確信したそうだ。
このことで全員の気持ちが一つになった。
そしてソロパートの練習に入る、マイケル・ジャクソンはとても熱心にそれぞれのパートの指導役に徹していた。多くのアーティストが集まっていたのだが、一人まだ姿を見せていないアーティストがいた。その名はプリンスだった。
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皆はプリンスとマイケルが並んで歌う場面を想像し、興奮していた。
マイケルのソロに続いてプリンスのソロパートいう順にプランされていたという。
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シーラ・Eにプリンスに早くスタジオに来るように電話をさせていたという。当時プリンスの恋人という関係だったからだ。しかし、プリンスはスタジオに現れることはなかった。当時マスコミは、マイケルとの確執があり、プリンスが参加しなかったのだと報じた。実は、シーラ・Eが利用されていることに腹を立てたからだということがこの放送で明らかにされた。
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プリンスが来ないことが決定的になり、そのパートをヒューイ・ルイスが急きょ担当することになった。それが我々がよく知っているバージョンである。もしプリンスが歌っていたら、などと想像するとまた違ったものになったに違いない。
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45人ものスーパーアーティストたちの競演という前代未聞の奇跡のレコーディングが終わった。夜10時頃に集まり、翌朝の8時までかかった、奇跡の10時間だ。

1985年3月世界中にリリースされた。
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ライオネル・リッチーのソロから始まりスティービー・ワンダーに続く、そして何と言っても中盤のサビのところ、マイケル・ジャクソンからヒューイ・ルイス、シンディ・ローパーの下りは最高だ。改めて今聴いても感動で鳥肌ものである。涙腺がやばくなってしまう。勝手に体が動いてリズムを取っていた。

この世紀の大偉業にこんな裏話があったとは、大変興味深く見させてもらうことができて良かった。
この時の彼らは本当にすごいことをやってくれたと思う。関係者に感謝するとともに改めて音楽の力のすごさにただただ感心させられるばかりだ。 


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