舘祐司の気ままなブログ

リン・アンダーソンさんはアメリカのカントリー音楽のジャンルで活躍した女性シンガーです。

このシングル盤のジャケットがとっても懐かしいです。
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「ローズ・ガーデン」は1970年から1971年にかけてアメリカで大ヒットし、日本以外ではイギリスやドイツでもベストテンに入るなど世界的な大ヒット曲となったようです。
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そのころ、僕は洋楽に興味を持ったばかりで詳しい状況はまったくわからなかったのですが、とにかく連日ラジオでこの曲が流れていたように記憶しています。

シンプルで軽快な明るいポップスソングで、親しみやすいメロディーがヒットの要因でしょうか。

当時はこのようなシンプルな曲が多く、そして人気があったように思います。



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実は、リン・アンダーソンさんは2015年の7月にお亡くなりになっていました。
67歳ということで、まだまだご活躍できる年齢ですから悔やまれます。

米子に来ました。 
 
鳥取県境港はあの水木しげるさんの故郷です。 
惜しくも今年の1月に他界されました。 その時のブログ

米子駅は鬼太郎ワールドでした。 

駅の怪談いや階段です。 (笑) 
 
 
電車の先頭車両には砂かけばばあです。  
 
目玉の親父もいます。 
 
ねずみ男駅となっています。 
 
観光地によくある顔出し写真スポットです。 
 
鬼太郎のオブジェです。 
猫娘もいます。
 
鬼太郎のベンチです。 
 
有名な「水木しげるロード」が境港にあります。 
 
一度行ってみたいですね。  

そういえば、今日米子の駅に降り立った時、何やら涼しい風が吹いていました。 
ん?これは霊気?あ、いや冷気か。(笑)

米子駅はまさに鬼太郎ワールドでした。 何という駅でしょう!

それでは最後に特急やくもの勇姿でお別れします。  

身内の葬儀がありました。

喪主は故人の実の妹さんが務められました。
そしてその喪主の弟さんも7年前に他界されています。大変仲のいいご兄弟です。
その弟さんの妻が私の妹という関係です。妹も昨年天国に召されております。

故人の愛用の品が飾ってありました。こういったことからもご兄弟の愛情をとても感じます。

今年の6月終わりに友人のお身内の葬儀があり、これで今年4件目となります。
弔事は連鎖するのでしょうか。
15年前に父の葬儀があった年も1年間に6回お参りさせていただいた覚えがあります。

礼服に袖を通すたびにさみしさや悲しみ、そしてご遺族の気持ちなどを考えて複雑な思いになります。

普段、人の「死」に直面することはほとんどありません。

たいていその時は突然やってきます。
その訃報を聞いた時に最初はショックを受けます。
そして、動揺することもあるでしょう。

しかし、その現実を受け止めて儀式に臨むことになります。
最初にご遺族の方と対面するとき、なんと言葉をかけたらいいものか、いつも心の中で迷います。


最近では、「家族葬」という名称で呼ばれる少人数で行う葬儀が増加しています。

故人が高齢の場合は、知人友人も他界している人が多いためそれも致し方ないと思います。

しかし、そうでない場合はやはり縁(ゆかり)のあった人々で見送ってあげるのがその人に対する礼儀ではないかと思います。

通夜式後、親族が集まって故人の昔話でひと時を過ごしました。
僕は常々この時間はこうあるべきだろうと思っています。
普段なかなか集まることがない親類が顔を揃え時間を共有するわけです。
仏教的に言えば「故人がこのような機会を作ってくれた」となるわけですが、とても大切な時間だと思います。


お通夜、葬儀で仏教式の場合、導師様による読経が必ずあります。
しかし、そのお経の内容は一般の私たちには理解できません。
とすれば、せめて今あげたお経の内容を簡単に説明していただきたいと思います。

そうすれば、会葬者の方にも伝わりやすいです。

また、「法話」をされる方とそうでない方がいます。されない方の方が多いように思います。

今回はお通夜の後に法話がありました。
「生」と「死」を手のひらと手の甲に例えて実は表裏一体のような関係でいつ「死」が訪れるかわからない。命の儚さをお話しされました。どんなに元気な人でも明日の命はどうなるかわかりません。

僕は、そのようにぜひ「法話」をしていただきたいと思います。
お経の内容も伝えないのであれば、せめて誰にでもわかりやすい言葉で一言お話しをいただきたいと思います。 
長々と話す必要はありません、簡素で構わないと思います。


最近宗教離れが問題になっているようですが、少しは歯止めになる気がします。

逆にそれらを怠っていると衰退の道を歩んでしまうのではないかと危惧します。

先ほども書いたように、遺族は悲しみの底にいる状態です。
そんな時に慰め心のケアをしていただけたら、また仏教に対する見方も変わるのではないかと思います。

宗教儀式だけを行ってビジネスライクに済ませておられる方に、何かありがたみが湧いてきません。

するべきことをされていれば、戒名料やお布施の金額などさほど問題にならないと思います。

方向性がどこかで違ってきてしまっているのでしょうか、どこかで一度立ち止まって冷静に考えるべきかと思います。

もちろんきちんとされている方も大勢おられます。

葬儀のあり方やそれにかかわるすべての人たちが、どのように葬儀と向かい合うか。

そういうことが今後の葬儀の世界を占うのかなと、ふと思いました。







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