舘祐司の気ままなブログ

昨日のブログから連続して風景シリーズになってしまいました。

電車に乗って周りを見渡すと、約7割ぐらいの人がスマホをいじってます。 (僕の見た感じでは)

後2割の人は何もせず、残りの1割の人は本を読んでいます。

昔とすごく変わったところは、新聞を広げている人が激減したように思います。

時間帯によって変わるかもしれませんが、 新聞の役割がスマホに奪われた形になっている可能性があります。

ただ、本の場合はまだ紙が根強いようです。僕はタブレットで読む気にはまだなれません。

「電車内の風景」というワードで画像検索すると下記の画像がヒットしました。
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まあおよそこんな感じですね。スマホをいじっている人が多いです。

政治に興味がある人、経済に興味がある人、スポーツに興味がある人、芸能人のネタに興味がある人、 皆それぞれの関心事に関連するサイトを開けば次々に情報が溢れてきます。

ウェブを開いている人以外は、LINEをしている人、ゲームをしている人、いろいろいるでしょう。

そこでふと疑問が湧きました。

電車内って携帯禁止じゃなかったですか?
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 で、調べてみると、第三世代(3G)といわれる携帯以降は電波が微弱になり、心臓ペースメーカーにほとんど影響を与えないことが実証されたそうです。

それを受けて鉄道各社も順次携帯禁止が解除されていったようです。
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ただ、マナーの問題で優先席付近では禁止としている会社もあり、対応はまちまちのようです。

現在はペースメーカーにくっつけるくらいの近距離でないと影響がないらしいです。

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つまり、音の問題で周りに迷惑をかけなければ、現在は使用することはほぼ問題ないようです。

ただ、昔の名残りがまだ残っており、iPodを触っていたら、年配者に注意を受けた。という話も沢山ネット上にありました。
また、先ほどの優先席ですが、その真上にWifiルーターを取り付けている電車があるらしく、そこで携帯を禁止する意味がよくわからない、といった書き込みもありました。 


 スマホをいじっている人のうち、7割くらいは女性のような気がします。

女性とスマホは相性がいいのでしょうか?

考えてみると、ガラケーの女性ってあまり見なくなった気がします。
年配の方でも、スマホ率が高いように思います。

対して男性の年配者はガラケー率が高いような気がします。
こういうのも感性の違いなのでしょうか?

なんていうことはない話ですが、電車の中でそんなことを思いました。

 

先日、松山空港から中部国際空港までフライトしました。

搭乗したのは小型のボンバルディアQ400というカナダで製造された飛行機です。


普段はなかなか見ることのできない景色の幾つかをアップします。

雲海とプロペラ。 当然ですが、プロペラは回っています。


蛇行している川が見えます、まだ高度は高いところです。
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ゴルフ場が見えてきました。


またまたゴルフ場です。


雲で霞んできました。


大きな川が見えてきました。


雲と青空のコントラスト、美しいです。


競技場?のようなところが見えます。


何でしょうか?コンテナを積み込む場所のようなところ?クレーンが何台か見えます。


飛行機から車輪が出ました。着陸態勢に入りました。


だんだんとセントレアが近づいてきました。
 





無事に着陸しました。毎度のことですが、離陸の時より着陸の時の方が少しドキドキします。



 

2016年5月27日、オバマ大統領が太平洋戦争末期に原爆を投下した広島を訪れ、「核なき世界」への決意を述べられた。

これは歴史的な瞬間だろうと思う。

この原爆投下により、第二次世界大戦は終結した。
しかし、そのために犠牲となった方は10万人にも及ぶ、大変悲惨な戦争であった。 
というより戦争はいつも悲惨である。

オバマ大統領の言葉にもあったように、憎むべきものは、人や国ではなく「戦争」である。

人類は太古の昔から戦さを続けている。
この先何千年も変わらないのだろうか。

私たち人間はもっと賢い生き物だと思っている。
オバマ大統領は、「我々は1つの人類として 、お互いの関係をもう1度想像しなければならない」と言った。

領土や原油など自国の利益を優先するばかりでは 、1つになることは難しい。
宗教問題も暴力ではなく、話し合いという選択で解決できないものかと思う。

今回のスピーチにも、様々な意見がある。
例えば、原爆投下に対する謝罪はしていない。 

 しかし、これまでの「戦争を早期に終結させるために使用した」などというようなことは出ていない。

今までの歴代大統領が広島訪問が実現なかった理由は概ね、米国内の保守派からの圧力である。
任期が残り少なくなり 、このタイミングであれば批判や政治的にも持ちこたえられるという判断があったと予想できる。オバマ大統領はいつかこの地を訪れたいと考えていたのかもしれない。

被爆者の方と直接触れ合う場面は多くの日本人が胸を熱くしたことだろうと思う。

ただ、実際には核廃絶の道は険しいものだ。 
7年前のプラハでの演説から ほぼ何も進展していないと思われる。

しかし、我々人類がこの世に生み出したものは、我々の手で終わらせる責任があると思う。

核なき未来を想像することから始まる。



オバマ大統領は最後にこう述べた。
「広島と長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう」 

世界の指導者たちよ、目覚めてほしい「戦争は罪なき人を苦しめるものだ」と。

 

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