舘祐司の気ままなブログ

岐阜県郡上市白鳥町、国道156号線沿いに鎮座します、長滝白山神社に行って来ました。

ここは、白鳥町にある温泉に年に何度か訪れるときに通る道沿いにありますので、以前から気になっていました。

訪れてまず目が行くのは、建物が立派なことや相当な年数が経っていることです。

それに石垣や石碑が非常に多く見られ、大きな力があったことがわかります。

周囲を山に囲まれたこの場所で、このような由緒ある建物に出会うと感動を覚えます。

境内を参拝させていただいていると、巫女さん(神主さんの奥方)に出会いお話を聞くことができました。


全国に「白山神社」とか「白山社」の名前が付く神社は三千社余りあり、そのうちの半分以上が中部地方にあり1番多くあるのが愛知県だそうです。

ここはその全国に分布する白山神社の中心的な神社の一つで、白山信仰と関わりが深い、美濃国側の中心だとのことです。

白山信仰とは加賀国、越前国、美濃国(現石川県、福井県、岐阜県)にまたがる白山にかかわる山岳信仰のことです。

白山から流れ出る豊富な水が、田畑を潤し古代より「命をつなぐ親神様」として山そのものを神体と考え山岳信仰の対象となったようです。

奈良時代から信仰対象の山岳を修験の霊山として日本各地で開山し、白山信仰が成立するようになったそうです。

その修験で山に上がるルートが3通りあり、その一つがこの長滝白山社から上がる美濃ルートだそうで、ちょうどこの長龍寺の真裏に入口があると聞きました。
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長龍寺と聞いて、神社の中になぜお寺があるの?と疑問に思いますが、明治時代、時の政府は神仏分離・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)を勧めました。

その時に長滝白山神社と天台宗長龍寺に無理やり分けられたようです。

その長滝白山神社ですが、なんと来年で開創1300年を迎えられるとか、そのため来年はイベントが予定されているそうです。 717年創建ということは奈良時代です。

1300年とはすごい歴史です。

昨年訪れたあの高野山が、開創1200年でしたからそれよりも約100年ほど早く建立されています。
高野山 開創1200年

来年の7月に音楽コンサートを予定されているのでぜひお越し下さいとお誘いをいただきました。

11月には紅葉狩りでおそらくまたこの辺に来る予定です。
国宝の展示もあるそうですので今度はもう少しゆっくりと見させていただこうと思います。


近くの道の駅にはもう来年のイベント告知が張られていました。


小学生の頃、学校でよく「整理整頓をしなさい」とお教えられましたよね。
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大人になって仕事をするうえでも、「整理整頓」はとても大切なことだと思っています。

皆さんは「整理整頓」できてますでしょうか?

大体仕事が丁寧な人は「整理整頓」もできているように思います。(個人的な思いです)

逆にいうと、例えば、デスクの上が片付いていない人、あるいは片付けられない人は、仕事が遅かったり、大ざっぱだったりするように思います。
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たまに、「あれはどこ行ったー?」何てことありませんか?
パソコンの中も同じことがいえますよね。
ハードディスク内のファイルやフォルダ、たまには整理した方がいいです。

日ごろから整理されていれば、探す時間が短縮できます。ということは仕事の効率が上がります。
余分なことに時間を費やしていては、「仕事が遅い」ということになります。


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例えば建築工事現場においては「整理整頓」が徹底されています。
特に大手ゼネコンの現場ほど厳しく指導されます。

まず第一に、安全な作業床の確保を行います。
通路が妨げられていたりするとものを運び入れるのに手間や時間がかかってしまいます。

また、事故を防ぐためでもあります。
工事現場では高所作業がつきものです。万が一誤って転落したとき、運悪くその落下場所が危険な状態だったとしたら、最悪の場合命に関わることになります。

工事現場ではそのような危険が常に潜んでいるため、安全作業はもちろんのこと、高所作業での注意や物の整理を厳しくしているわけです。


ひとたび事故が起これば、その本人だけではなく家族や関係者にも被害が及びます。


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会社内に置き換えると、ものが乱雑に置いてあったり、いつまでも同じ場所にものが置き去りになっていたら、もしかすると周りの人たちに迷惑がかかっているかもしれません。



「そんなこと言われなくてもわかってるよ」という声が聞こえてきそうですが、
わかっていても実行しなければわかっていることにはなりません。
理解しているのなら行動に移すことです。

頭の中も同様に整理整頓していないと様々な仕事が絡み合って効率が悪くなることがあります。
ものの整頓ばかりではありませんね。

片付けるという習慣を身に付けて置くときっと役に立ちます、間違いなく損にはなりません。
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10月になりようやく朝晩は涼しく感じられるようになってきました。

さて、カバ丸くんたちは運動会の様子です。

この10月は全国的に多く開催される時期でしょう。

第二月曜日は「体育の日」でもあります。

体育の日は1964年に開催された東京オリンピックの開会式の日にちなんで1966年から10月10日に制定されました。10月10日は晴れの特異日と聞いたことがあります。

2000年からは10月第二月曜日に変更になっています。
法律では、「スポーツに親しみ、健康な心身をつちかう」ことを趣旨としているそうです。

今の日本では多くの方が多種多様なスポーツにいそしんでおられることと思います。
それは同時に平和の象徴でもあると言えます。

オリンピックは平和の祭典ともいわれるのはこのことからでしょう。

スポーツどころではない国々も世界にはたくさんあります。

全世界の人々がこぞってスポーツにいそしむような時代が来ることを望みます。

「戦争」という言葉が死語になる日が来ることを期待したいです。

カバ丸くんたちは本当に平和そうです。


10月10日の中日新聞に「名称をスポーツの日に」というタイトルで社説が書かれていました。
「体育の日」という名称がスポーツのあるべき姿と照らし合わせて ふさわしいか?という疑問を投げかけていました。
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例えば「スポーツを楽しむ」と言っても「体育を楽しむ」とはあまり聞いたことがない。 同じように「スポーツを見る」はあっても「体育を見る」という表現はまず使わない。
これは、もともとスポーツが文化として存在しているからだ。 
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確かに言われてみればそれはその通りです。

「体育」という言葉を広辞苑で引くと「健全な体の発達を促し、運動能力や健康で安全な生活を営む能力を育成し、人間性を豊かにすることを目的とする教育」とあるそうです。
体育は教育ですから、「楽しむ」とか「見る」とかとは違う視点にある言葉なのです。

僕は国民の休日の呼称としては「体育の日」のままでいいように思います。
なぜなら、先ほど書いたように趣旨が「スポーツに親しみ、健康な心身をつちかう」とあるなら、まさに「体育」という言葉が当てはまると思うからです。

はてさてこの問題定義、皆さんはどう思われますでしょうか? 


 

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